The Crossing 260 by Bao Vuong, 2025 Oil paint, acrylic, and aluminium powder on canvas, 140 × 250 cm. © Bao Vuong, courtesy of Verduyn Gallery
Bao Vuong のシリーズ《The Crossing》は、家族とともに船でベトナムを脱出した経験に基づいています。幼かったため当時の記憶は残っていませんが、その出来事は彼の人生に深く刻まれてきました。現在はブリュッセルを拠点に、そうした深層の記憶にかたちを与えるように、モノクロームの絵画を制作しています。
今年の Tokyo Gendai のために、Verduyn Gallery とともに初めて来日した Bao Vuong。本記事では、その体験を振り返りながら、作品に込めた感情や、一枚一枚の絵に宿る希望について、作家自身の言葉を紹介します。
「痛みが光を消し去ることはありません。私の作品では、“越境の暗闇”と“消えることのない明るさ”が共存しています」
Tokyo Gendai へのご展示、いかがでしたか?
とても濃密で大切な経験でした。長い間訪れることを夢見ていた日本に初めて来ることができました。すべての作品がコレクターのもとへ旅立ち、《The Crossing》シリーズの絵画はあたたかく受け入れられました。日本の観客が特に心を動かされているのを感じました。その理由は、作品の簡素さにあると思います。単一の色、限られた素材、そして研ぎ澄まされた表現方法によって成り立っている。海、波、風、動き──すべてが、俳句のように「無常」を語っていると思います。

日本のコレクターや来場者から、印象に残ったり、意外だったフィードバックはありましたか?
多くの方が、作品と深く個人的な共鳴を感じたと話してくれました。海に囲まれた島国である日本は、20世紀の大きな悲劇が残した影を背負っています。海、痛み、そしてレジリエンス(再生力)との関わりは、私の絵の中にある暗闇と、そこから差し込むかすかな光と、どこか重なっているのかもしれません。


Baoさんの作品は、ご家族がベトナムから脱出した経験をもとにされています。ご自身はまだ幼かったとのことですが、その記憶はどのように集め、作品に反映させていったのでしょうか?ご家族は当時の体験についてオープンに話してくれましたか?
幼すぎたため、私には正確な記憶はありません。でもその記憶は、体の奥にずっと宿っていました。その欠落を埋めるために、私はひとつの寓話を編みました。ボートピープルの子どもとしての傷を癒すように、同じ場面を何度も、何度も、心のなかで再生したのです。語るにはあまりに辛い話、沈黙、記憶を辿るようなしぐさ——そうした断片を、絵を描くことで再構築していきました。両親がすべてを語ってくれたわけではありませんが、言葉の合間から多くを読み取りました。絵画は、埋もれた記憶にかたちを与えてくれる手段となったのです。
フランスでの幼少期の思い出を教えてください。また、それらの経験は、アーティストとして、またひとりの人間としてどのように影響を与えましたか?
2歳でフランスに渡り、脆さと混淆性のあわいで育ちました。その感覚は、アーティストとしての感受性を形づけてくれたと思います。私は「どこかの土地」というよりも、むしろ「地平線」に属しているような感覚を持っていました。私の絵はその両義性を描いています。どこか遠くを思いながらも、流れに身を任せていくこと。そこで私は、海の上を漂う船のように、「手放すこと」を学びました。

最初にアートと出会ったのは、どのようなきっかけでしたか?
子どもの頃から、ひたすら絵を描いていました。私にとってアートは、ごく自然な選択肢として現れたものです。幼い頃から、私は「海」の重みを背負っていたのだと思います。祖国を離れる人々の悲劇、亡命の記憶のトラウマとしての海です。
モノクロームで描く表現方法は、どのように見いだしたのでしょうか?
引き算を重ねていくうちに、たどり着いた表現です。黒は光を映し出す鏡のような役割を果たし、本質に近づくことを可能にしてくれます。それは、水の記憶のように、内にある振動を浮かび上がらせてくれるのです。

喪失や根こぎにされた経験と並んで、あなたの作品に“希望”はどのような位置を占めていますか?
希望は、常に存在しています。痛みが光を消し去ることはありません。私の作品では、”越境の暗闇” と “消えることのない明るさ” が共存しています。長い時間をかけて理解するようになりましたが、影と光は陰陽が示すようにひとつのコインの裏表であることと、人生は波のように絶えず満ち引きを繰り返しているのだと気付きました。
<ありがとうございました。Bao Vuong のオフィシャルウェブサイトはこちら!>

Bao Vuong
ベルギー・ブリュッセルを拠点に、フランス、ベルギー、ベトナムの三か国を行き来しながら活動。1970年代後半にベトナムで生まれ、生後間もなく両親とともに海を渡って国外へ脱出し、最終的にフランスで庇護を受け、その後同地で美術教育を受けた。
絵画、インスタレーション、パフォーマンスを通じて、彼は記憶やディスプレースメント(強制的移動)、そして過去と現在の緊張関係を探求している。