ドローイング、絵画、布の彫刻など多様な手法を通じて、ロンドンを拠点に活動する中国生まれのアーティスト Silia Ka Tung は、神話や自然に着想を得た夢のような世界観をつくり出しています。中国の伝統医学や民間伝承に登場する生き物やシンボル、物語を引用しながら、ファンタジーと神話、冒険が交差する、無邪気で驚きに満ちた世界へと鑑賞者を誘います。
本インタビューでは、創作の原点や彼女を支える哲学、そして彼女がアーティストになるまでの道のりを振り返ります。
「子どもらしい創造性を持ち続けているのは、どこかで大人になりきれなかった部分があるから」
アートを始めた頃のいちばん古い記憶は?
幼い頃、私のおじいちゃんは中国、万州の政府機関の工芸部門でアートディレクターを務めていました。彼の部屋をそっと覗くと、せっせと作業する姿をじっと見ていたのをよく覚えています。その記憶はずっと心に残っています。彼は画家だけではなく、舞台の演出を手がけたり、服の仕立てもしていた多才な人物でした。おじいちゃんを幼い頃から間近で見ることができたからこそ、「アーティストは本物の職業なんだ」と思うようになれました。
そこから、どのようにアーティストになったのですか?
キャリアとしてアーティストになることについては、私の学業成績の状況もあって、家族の間にためらいがありました。学校では美術を学ぶことが許されなかったため、学校外でアートの勉強を始めました。美術の高校資格を取得し、最終的には「正式な教育を修了すれば、自分の本当にやりたいことを追求してよい」という約束を両親と交わすことができました。それ以来、家族はとても協力的になりました。中国で1年間学んだ後、ロンドンのChelsea College of Artで学士号を取得し、その後Slade School of Fine ArtでMFA(芸術修士)を取得しました。



アート以外で大きなインスピレーションは何ですか?
コンセプチュアルな面では、中国の伝統医学の影響がとても大きいです。父が中医の医師だったので、私は彼の診療所で育ちました。9歳のときには気功を教わり、夕食の時には「冷」と「熱」、「陰」と「陽」のバランスについて、話題が割と出てくるような環境でした。レクチャーのように学んだというより、話しているうちに自然と身についた感覚ですが、私の世界観に大きく影響を与えたのかもしれません。実際に、私の作品には癒しや植物、自然、バランスといったテーマが多いです。
ビジュアル面では、アジアのポップカルチャー、漫画やゲームなど、に惹かれます。小さい頃、我が家はテレビゲームが禁止されていましたが、ゲームに込められたアイデアにはすごく魅力を感じます。神話やファンタジー、冒険など、キャラクターやストーリーが何度も進化したり、ゼロから再スタートできる構造など、様々な要素を取り入れた世界観が好きです。たくさんのアイディアが同時に育っていく感じは、私がスタジオで制作している感覚とすごく似ています。すべての要素を丁寧に育てないと全体が成長しない。そのゲームの背景にあるコンセプトが面白いなと思います。
キャラクターやファンタジーの世界観がお好きなんですね。小さい頃は、よく遊んでいましたか?
実は、あまり遊びませんでした。父はおもちゃは必要ないと考える人だったので、読書をしていました。特にフィクションが多く、学校で地理や生物の授業を聞くふりをしてこっそり物語を読んでいたくらいです。パズルのような教育的なおもちゃは買ってもらえましたが、遊びは私の幼少期には欠けていました。ぬいぐるみを初めて買ったのは10代後半になってからで、自分で買ったものです。もしかすると、子どもらしい創造性を持ち続けているのは、どこかで大人になりきれなかった部分があるからかもしれません。自分の子どもには同じ思いをさせたくないので、たくさんおもちゃを買ってあげています。



Silia Ka Tungさんの作品には神話のモチーフがよく登場しますが、どんな神話に関心がありますか?
自分の作品の中では、神話に登場する生き物たちを自分なりの世界観で再解釈して登場させています。ギリシャ神話に由来するキャラクターもいますが、特に興味があるのは異なる神話に共通して現れる存在です。たとえば、牛の神などは、インドやメキシコ、中国など、さまざまな文化圏に登場します。ある文化では悪として描かれていたり、別の文化では神聖な存在とされていたりするんです。
それから、九尾の狐には特に惹かれています。実はスタジオに小さな祭壇を作っていて、日本で買った狐のフィギュアが2個飾ってあります。娘がねんどでピザを作って、お供えしてくれたこともあります。最近は狐信仰の歴史についても調べていて、もともとは女神的な存在だった狐霊が、宋の時代あたりから悪霊のように扱われていった経緯がとても興味深いです。強い女性像が歴史の中でいかに抑圧されてきたかを象徴しているように思います。
「絵画は、パズルのように互いにつながるように作っています。どの方向にも回転できて、固定された向きがありません。絵の縁にもペイントすることも多く、視覚的に他の作品とつながるようにしています。」
さまざまな素材を使って制作されていますが、ご自身の表現についてもう少し詳しく教えてください。
私はドローイング、絵画、布を使った彫刻と、複数のメディアで制作を行っています。ドローイングは、もともとは学校のノートの隅に描いていた落書きから始まりました。今でも直感的に描くスタイルは変わっていません。最近は2メートル近くあるような大きなドローイングにも取り組んでいます。
絵画も同じく直感的に描いていますが、より豊かな色彩や立体感を出せるところが気に入っています。作品同士がパズルのようにつながるように構成して、どの方向にも回転できるところも特徴だと思います。絵の縁にもペイントすることも多く、他の作品と視覚的につながるようにしています。
布の彫刻はより計画的なプロセスで、私にとって比較的新しい表現方法です。きっかけは、無印良品で見つけたキャンバス生地の小さな犬の置物でした。それを大量に購入して、一つひとつに絵を描いて、並べて展示したところ、それぞれの個性が消えていく感覚がとても不思議でした。


制作ルーティンについて教えてください。
ロンドンに2つのスタジオを持っています。ひとつは自宅の近くにある小さなスペースで、主にドローイングを制作しています。もうひとつはより広いスタジオで、絵画や彫刻などの大きな作品に取り込む場所です。子どもが生まれてからは、制作のペースはかなりゆっくりになりました。現在は週に4日ほどスタジオに通っていて、週に1回、縫製作業を手伝ってくれるアシスタントにも来てもらっています。特にミシン作業は彼女に頼ることが多いですが、それ以外の時間は基本的にひとりでいるのが好きです。
何も制作せずに、本を読みながら1日を過ごすこともありますし、オーディオブックを聴きながら作業過ごすこともあります。
最近何を読んでいますか?
制作と同じように、いくつかの本を行き来しながら読むのが好きです。
今読んでいるのは、Albert Camus の The Myth of Sisyphus。スタジオでの制作にエネルギーを与えてくれる一冊です。それから、Peter Wohlleben の The Hidden Life of Trees をオーディオブックで聴いていて、Alice Sparkly Ka の Postcolonial Astrology も少しずつ読み進めています。占星術がいかに文化や神話の土台になっているかを掘り下げる、非常に興味深い内容です。
いつも新しい視点を探し続けているように感じます。もし昔の自分にひとこと伝えられるとしたら、どんな言葉をかけますか?
直感を信じること。自分らしさを大切にすること。ためらわずに創り続けること。そして、助けを求めることを学んで、できるだけ子どもが生まれる前にたくさん制作しておくこと!報酬は完成品じゃなくて、つくることそのものと、その過程にあるのだから。
<ありがとうございます。Silia Ka Tungの公式ウェブサイトはこちら。9月のTokyo Gendaiでの展示にもぜひご注目ください。>
Silia Ka Tung
中国出身の Silia Ka Tung は1997年よりロンドンを拠点に活動を続けている。Chelsea College of Artsで絵画を学んだ後、Slade School of Fine Artにて絵画のMFA(芸術修士)を修了。古代神話を主なインスピレーション源とし、素描、絵画、彫刻といった多様なメディアを通じて、人間の定めた境界を超えて自然、神話、変容が共存する世界を描き出す。ヨーロッパや中国各地で作品を発表している。





