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株式会社ベネッセホールディングス取締役会長で公益財団法人 福武財団の理事長である福武英明さんにお話を伺いました。福武財団は直島・豊島・犬島を中心としたベネッセアートサイト直島の美術館事業、日本各地における文化・芸術による地域振興活動への助成事業、瀬戸内国際芸術祭などの支援を行っています。アートだけではなく経営にも知見を持つ福武さんに5月に新しくオープンした直島新美術館について、そしてご自身のアートとの関わりについてお話いただきました。
理解して学ぶっていうことじゃなくて、
自分が作品から新たな気づきを得ながら、
人生のインプットになったらいい
地政学的な変化が大きく私たちの意識を変えている時代において、教育が我々の未来を形作ることに大きく寄与していると思います。教育の中で、アートが担う役割はどういうものだと思われますか?
アートと教育はすごく相性がいいと思います。
具体的な取り組みで言うと、福武財団で対話型鑑賞っていうプログラムをやっていて、すごくおすすめしたいです。作品を見ながら、それをちゃんと言語化することや、色んな角度で物事を見る他の人の意見をきっちり受け止めて、それを基に自分の考えていた最初の考えをもう1回咀嚼をして、さらにそれを言語化することは、教育的な要素としても非常に面白いと思う。もし対話型鑑賞をしたことがなければ、子供から大人まであまり関係なく、みんな参加してもらえるので、ぜひトライしてみてもらえると嬉しいです。

ベネッセアートサイト直島の作品は、ほとんどの作品でキャプションを置いていない、という特徴があります。「これがこういう意味なんだよ」っていうのを教え付けられるよりも、自分で主体的にやっぱり思考を深めて欲しいという先代の想いですね。理解して学ぶっていうことじゃなくて、自分がそこから新たな気づきを得ながら、人生のインプットになったらいいなっていうのが想いとしてあった。
僕らとしては当たり前だったんですけど、他の美術館に行くと、1番人が並んでるのが絵ではなくその横のキャプションの前という不思議さがあって、みんなずっとキャプション読んで、ちらっと絵を見て次に行くのを見ると、アンバランスさを感じる。良い悪いではなく、もう少し時間をかけて作品をじっくり見た方がいいんじゃないのっていう思いもあれば、多くの人は作品制作の意図や意味性を求めるんだなということが面白くて、そこをハイブリッドにできたらより鑑賞体験は豊かになるのではと思ったんです。もちろん世界の色んな美術館でそういう鑑賞方法もやっていますから、それを直島ならではの形で、子供に限らず大人も含めてできる方法を考えたのがきっかけです。
教育観点で言うと、僕はニュージーランドがベースなんですが、衝撃的だったのが、子供がまだ小学生だった時、学校で子供が絵を描いたり、なんか変なものを紙で作ったりして図画工作の作品を作るんですよ。それを学校で展示をするので、親御さんは見に来てくださいと案内があって、見に行ったらその作品を買わされました!それが学校のファンドレイズになっていて、これはすごい発想だなと思いました。ファンドレイズの仕組みとしてもそうだけど、子供なりに、売れる体験も含めて、どういうものにどういう価値があるのかを考えるんです。
日本で考えると、「上手に絵を描けたら5」、「上手」とか「綺麗」をジャッジして4とか5段階評価をつけているのは違和感を覚える。審美眼の高い先生かどうかもわからないし、評価する人が感じる美しさを子供たちに押し付けるのは乱暴だなと思うところがあります。美術の時間でずっとそういう価値観を教えられると、そういう大人になってしまうのはちょっと怖いなと思いました。アート・美術への最初の入口として、今の日本の美術とか芸術に関する教育には改善の余地があるのかな、と。
ニュージーランドが1番いいかどうかは別として、少なくとも相当多様な意見を受け入れられる土壌がある。先程の子どもの作品が学校で展示販売されるケースでも、自分の親よりも他の親御さんが「これいいね」って買ってくれるケースがあって、「これは一般的には綺麗じゃないけど、うちのあそこの部屋には合う」みたいな多様な評価がある。美しさだけじゃなくてファンクションもあったりする。美しさっていうのは、ここで発揮される美しさもあれば、違う場所では別の美しさになる、というのを感じたりして、様々なラーニングがあると思いました。
因みに作品の価格は子供が交渉するすごいシステム。うちはもう親バカなので、子供の作品は高い金額ですぐ買いました(笑)。今も部屋にあって、コレクションの一部です。
活動自体に色々なプレーヤーが入ってくるのは、
最終的には持続性とか永続性の担保に繋がっていく
官民協力のアートに関する企画をずっと牽引されてきたベネッセホールディングス、福武財団の活動ですが、今、官民が協力してアートに関する活動を推進する意義は何だと思われますか?
我々の場合の経緯は、最初に民間(民)としてやっていき、コアな価値を作った後に少しずつ広げていって、例えば今開催している瀬戸内国際芸術祭はどちらかというと行政(官)の方が主体となった活動です。最初に100%民間主導があり、ちょっとずつ官が入り、だんだん官が多めの活動が出てくるという形になって、できるだけあらゆる比率の官民グラデーションで協力をしていくことが重要だと思って活動しています。民で100パーセントやっている時よりも、官が入ってきてくれて官民でやった方がアーティストにとってもお客さんにとっても広がりがある。クリエイターにとっては表現の場が増えることは絶対にいいはずで、官が入ってくることで、その繋がりとか流れや広がりは生まれてくると思っています。
不思議なのが、島で活動していて、他の作品を見て欲しいとは思い「我々の様々な活動を見てよ」って言っても、流れが生まれなかったこともありました。でも瀬戸内国際芸術祭をやり始めると、島間で移動が始まって、そこで官が、船の便や電車のロジスティックの問題も含めて少しずつ協力してくれると、人がドッと流れ始めたりするんです。官が入ってきてくれることの良さの1つは、大きな人の流れがスムーズになるところ。芸術活動において官が関心を持ってくれるというのは、とにかく100%ありがたいことです。社会的にポジティブなメッセージにもなるのと、そういう活動自体に色々なプレーヤーが入ってくるのは、最終的には持続性とか永続性の担保に繋がっていくと思っています。
例えば単独で福武財団だけでやっていると、何か一つ大きな問題があった時に崩壊するリスクがある。そこにうまく官や、他の協力が入っているとそういうリスクもヘッジできるしレジリエンス(耐久性)が高まる。その入ってきた官の部分を起点にまた多様なプレイヤーが入ってくるという、インフラみたいな形のプラットフォームになっていったりして、活動を強く継続していく上でも、官民の協力は意外と面白いし、重要な秘策だと思っています。
ただ、最初から官民でアートプロジェクトをやると、最大公約数的なバリューしか出ないケースも多いと思うので、経験から言うと最初のバリューはあまり官を入れず単独で作り、それを継続させ、流れを生む段階で官民協業をしていくと言うプロセスがすごくワークすると思っています。

行政の施策で人の流れができたというお話も出ましたが、今のインバウンドの増加を受けて、海外の方がたくさん入ってくることで変わったこと、逆に変わらないことはありますか?
1番大きく変わったことは、地元の人が自分たちの故郷に対して強い自信を持ち始めたこと。「こんなに世界中から来るぐらい我々の島は魅力的なのか」と誇りを取り戻す。それは我々や福武總一郎がどれだけ言うよりも、世界中の人が実際に来て、「あなたたちの島は素晴らしいね!」と言ってくれる方が説得力がある。特に日本人って海外に弱いじゃないですか(笑)。僕も含めて。海外で褒められると、自分たちの価値を再認識できて、自信を取り戻すっていうのは変化の1つとしてあります。
逆に気を付けて変化をさせないようしていることは、今のインバウンドの強い流れにあまりクイックにレスポンスしないことです。インバウンドのお客様の希望通りにすると、どうしても迎合する形になってしまったり、もともとの価値が毀損されていって、どんどんグローバルな、フラットな形のバリューになっていく可能性もあります。
例えば、ホテルの部屋が狭いからグローバルスタンダードに広くすることは一般的には正解なのかもしれないけれど、ひょっとしたら、日本的な狭さが故に提供できる体験価値があるのかもしれない。例えば、茶室も、当時は、武士がちゃんと刀を置いていくように、と入口の狭さには意味がある。。それが、海外の人には小さすぎるから大きくしようとすることは、合理的だけどそもそもそのサイズの意味性がなくなるのでは。これは極端な例ですけど、サイネージも全部英語にすることがいいのかどうなのかもわからないですね。
直近でいうと僕もキャッシュレス派ではあるんですが、「現金を持ってないから、クレジットカードで全部提供した方が便利だよね」というのは、ひょっとしたらその時の現金の受け渡し、お釣りの受け渡しというのが島にとっては意味があるのかもしれない。以前直島に観光バスがいっぱい入ってくることがあって、観光バスが便利になるように道路の幅を広げましょうという話が一時期あったのですが、道幅を広げると、観光バスは効率的には入れるけれども、幹線道路になってしまうと、そこを元々歩いていた地元の人たちは歩かなくなってしまう。
そうすると、そこでの会話や夕方5時からの井戸端会議がなくなってしまう。あらゆる面に影響があるので、今のインバウンドはすごくありがたいし、海外から多くのお客様が来てくれることはとても喜ばしいことなのですが、あまりそこにクイックに反応しすぎないことも大事かなと思っています。
もちろん最低限の対応は必要です。面白い取り組みとしては、海外ゲストが来た時にボランティアガイドのような形で、直島の小学校、中学校の子たちがチームを組んで英語で案内するのですが、すごくかわいいですよ。
海外の人たちにとっても、我々が専門的に解説するよりも、子供たちが楽しく踊りながら解説する方が受けがいいし、子供たちも、海外の人と触れ合う機会にもなって、英語も勉強するようになります。単に対応しないといけないから対応するっていうよりも、地元のコミュニティとの連携も含めて、お互いウィンウィンになるような関係ができたら、1番いいなと思っています。
もちろん財団は財団で、色々な言語を話せる人を採用しなきゃならないですね。
最後に、今年のTokyo Gendaiへの期待を教えてください!
とても期待しています。頑張ってください。個人的にはTokyo Gendaiってという名前で横浜でやっているのがすごくいいなと思っていて、枠にはまらず独自の進化を進んでいただきたいし、海外のアートフェアがこうだからとベンチマークにするよりも、うまく独自の進化を進んでいけたらすごく面白そうだなと思います。Tokyo Gendai のように様々なカテゴリのブースを設けるるころはあまり見ないし、どんどん挑戦してもらえたら嬉しいし、一客としても楽しみにしているので、頑張ってください!
<ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでまたお会いできるのを楽しみにしています!>
福武英明 Hideaki Fukutake Profile
株式会社ベネッセホールディングス取締役会長で公益財団法人 福武財団の理事長。福武財団は直島・豊島・犬島を中心としたベネッセアートサイト直島の美術館事業、日本各地における文化・芸術による地域振興活動への助成事業、瀬戸内国際芸術祭などの支援を行っている。