Tokyo Gendaiのフェアディレクター高根枝里がインタビューをする企画「Eri Asks」。今回は、近年国内外のアートフェアや展覧会で注目を集める若手日本画家、北海道を拠点に活動する葛西由香にインタビュー。制作の背景や作品に込めるまなざし、そしてTokyo Gendaiで発表される新作について話を伺いました。
「日本画」と聞くと、歴史や自然を描いた伝統的な作品を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、葛西由香が描くのは、私たちが日々何気なく目にしている暮らしの風景です。日本画ならではの静かな色彩と繊細な質感で、見慣れた景色を新鮮な視点へと変えていきます。作品の前に立つと、自分の日常を少し違う目で見つめたくなるでしょう。
高根枝里(以下、高根):葛西さんの作品は、海外のギャラリーからも楽しみにしている声が多く、私もとても楽しみにしています。日本画の技法で日常の風景を描かれていますが、まずは、初めて葛西さんの作品と出会う方へ、ご自身の制作について教えていただけますか。
葛西由香(以下、葛西):日常を描いている理由は、私は生活というものがとても好きなんです。人の営みがすごく愛おしいと思っています。
歴史には、大きな出来事や決定的な事件が記録されることが多いですよね。でも、そうした歴史には残らないような些細な日常こそが人の営みの礎であって、それが積み重なることで大きな力を持つものだと思うんです。なので、私は、その日常を大切に思って絵に描いています。
高根:葛西さんの作品には、スマートフォンなど現代の暮らしを象徴するデジタルデバイスもたびたび登場しますね。生活に欠かせない存在である一方、さまざまな見方もされるこのモチーフに、どのような魅力を感じていますか。
葛西:デジタルデバイスそのものに美しさを見出しているというより、人の生活を描こうとしたとき、今では切り離せない存在として自然に絵の中へ現れてくる、という感覚です。
特にスマートフォンは、人が最も長い時間触れているものの一つですよね。たくさん触れられるほど、人の情や念のようなものが宿るのではないかと思っています。そういう意味で、近年は自然と作品に登場することが増えました。
高根:面白いですね。日本画という技法を選ばれたのはなぜですか?
葛西:日本画という存在を知ったのは、高校3年生の冬でした。それまでは別の進路を考えていたのですが、やっぱり絵を学びたいと思い、急遽、美術大学を探し始めました。
そのとき、日本画の絵具が石や泥からできていることを知ったんです。私は子どもの頃から石を拾ったり泥遊びをしたりするのが大好きだったので、「石と泥で絵が描けるんだ」と、とても驚き、日本画を学ぼうと決めました。実際に描き始めると、日本画ならではの少しくすんだ、自然由来のやさしい色合いが、自分の描きたい世界とぴったり重なりました。それ以来、ずっと日本画で制作を続けています。日本の生活を日本画で描くということにも意味を感じています。
高根:北海道で育った経験は、作品にも影響していますか。
葛西:そうですね。私が育ったのは北海道の道東です。道東には少し独特な空気感があって、私には景色全体が少し霞んで見えるような印象があります。どこか寂しさを帯びていて、薄いフィルターがかかったような風景なんです。その景色が今でも自分の中に強く残っています。日本画の絵具の色合いも、その記憶の中の風景にすごく近いと感じています。
高根:現在暮らしている札幌というよりも、幼少期を過ごされた道東の風景や環境が、作品にはより影響されているのですね。
葛西:はい。自分の根っこにある風景や体験が、絵に描くときに強く出ると思います。
高根:モチーフを決めるときなど、生活の中でどのような瞬間にインスピレーションを受けて作品になっていくのですか。
葛西:やっぱり身近にあって、何度も目にするものは記憶に残りやすいですね。何か描こうと思ったとき、「そういえば、あれがずっと気になっていたな」と思い出すものがあります。生活用品だったり、人の行為だったり、自分や身近な人の日常にあるものは自然とモチーフになりやすいですね。
高根:《Composition》シリーズも面白いなと思っています。配置はどのように決めているのでしょうか。
葛西:あれは、私が一切手を加えていない状態で、「もう構図として完成している」と感じたものを《Composition》というタイトルでシリーズにして描いています。いろんな人が行動した結果、たまたまそこに居合わせたもののバランスがすごく美しいと感じることの不思議さみたいなものを描いています。
高根:なるほど、とても面白いですね。作品全体にやわらかな色彩が印象的です。もちろん、日本画の素材も関係してくると思うのですが、色はどのように決めていますか。
葛西:やはり昔からの記憶にある道東(網走)で見ていた、少し霞んだ景色の色合いが自分の中に根強く残っていて、ものを描く時にも、実際の色合いというよりかは、自然とそのフィルターを通したような色になっていきます。
高根:海外にも行かれた経験はありますか。
葛西:まだありません。以前、台湾で現地制作をする予定があったのですが、コロナ禍などの影響で実現しませんでした。10年有効のパスポートだけは持っているのですが、まだ一度も使えていないんです(笑)もし海外へ行く機会があれば、その土地の日差しや空気の違いが作品にどう影響するのか、自分でもとても楽しみです。
高根:Tokyo Gendaiには国内外から多くのコレクターやアートファンが訪れます。今年も海外のギャラリーが6割を占めますが、そうした国際的な場で作品を発表することについて、どのような出会いを期待していますか。
葛西:Tokyo Gendaiには国内外からさまざまな文化的背景を持った方が多く来場されると思うんですけど、私の作品は、日本語だからこそできる言葉遊びが作品のタイトルになっていることも多いですし、描いているモチーフもとても日本の庶民的な事柄です。だから海外の方がどう受け止めてくださるのか、とても興味がありますね。
高根:ありがとうございます。お話を伺っていると、日本ならではのモチーフを描かれている一方で「日常を営む」という行為そのものには国や文化を超えた共通性があるようにも感じました。食べ物やお皿は違っても、人の暮らしは似ているところもあるかもしれませんね。海外の方が葛西さんの作品をどのように受け止められるのか、私自身もとても楽しみにしています。
葛西:嬉しいです。以前、冷蔵庫の扉に調味料が詰め込まれすぎて飲物が入らない、という絵を描いたことがあるのですが、その作品をSNSに投稿したところたくさんの方に見ていただけたんです。海外の方からも「これはうちの冷蔵庫だ!」というコメントがたくさん届きました。文化が違っても、日常の営みには共通する部分があるんだと、とても嬉しくなりました。言葉や国境を越えて、同じ感覚を共有できたら嬉しいですね。
高根:今回のTokyo Gendaiでは、どのような作品を発表されるか教えていただけますか?
葛西:まだ出来上がっていない作品もあるのですが、いま一生懸命描いています。生活用品などのモチーフのほかに、電柱とカラスのシリーズや、札幌のビル群、手遊びを描いた作品のほか、今回は約2メートルの横長の巻物作品も展示する予定です。
高根:2メートルは大きい作品ですね。内容はどんなものになるのでしょうか。
葛西:お寿司のレーンを描いています。
高根:回転寿司ですか?面白いですね。
葛西:今の回転寿司って、お寿司がほぼ回ってないじゃないですか。その代わりに、ポップにされたお寿司の画像や広告みたいなものが延々と流れている。よく見ると、「お茶は熱いのでお気をつけください」「生もののお持ち帰りはご遠慮させていただいております」といった注意書きの言葉があふれています。そうした現代らしい風景に感じることがあり、現在制作を進めています。
高根:本日はありがとうございました。Tokyo Gendaiで作品を拝見できるのを楽しみにしています。
葛西:こちらこそ、ありがとうございました。
ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。
日々の営みに宿る美しさと出会う。葛西由香の日本画を、会場で。
会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木)
会場:
パシフィコ横浜
ブース:
GALLERY MONMA
チケット購入先:
葛西由香
1993年北海道出身。札幌市在住。2016年札幌大谷大学芸術学部卒業。
等身大の生活やありふれた物事を題材に、人が生きることの賛美とも揶揄とも取れる日本画を描く。主に生活用品や食べ物といった身近なモチーフを用い、その配置や関係性からなんらかの状況や気配を示唆するような作品を制作する。近年は装画や企業とのアートワークなども手がけている。主な活動に、ART FAIR TOKYO2026(東京国際フォーラム)、札幌美術展 マイ・ホーム(仮)(札幌芸術の森美術館/2025)、Through TheEyes of Hokkaido Artists(絶対空間/2022)、霧の向こうから石が(ギャラリー無量/2022)、《道産子追憶之巻》と日本画の名品道立近代美術館コレクション選 道産子日本画家のニューフェイス 葛西由香の世界(北海道立函館美術館/2020)など。





