足が語る、人類の記憶。 串野真也が彫刻に託す身体の風景

Thursday 13 August, 2026

国際的なシューズデザイナーとして独自の美学を築いた串野真也は、現在、彫刻という新たな表現領域でも国内外から大きな注目を集めている。セラミックや鉄、自然石など多様な素材を組み合わせた作品は、繊細な造形美と力強い存在感をあわせ持ち、見る者の身体感覚に静かに響きかける。

Tokyo Gendaiでは、作品が放つ質感やスケール、空間との関係性を間近で体感できる貴重な機会となる。写真や画面では伝わらない身体的な体験こそが、串野の作品の真価といえるだろう。本インタビューでは、ジャンルを越えて歩み続ける創作の軌跡と、現在の制作に込める思いについて話を聞いた。

Masaya Kushino 《Tense》(2026)
StoneCeramic 35×13×48.5cm
Masaya Kushino 《Tense》(2026) StoneCeramic 35×13×48.5cm

串野さんはシューズデザイナーとして国際的に活躍された後、近年は彫刻家として素晴らしい造形作品を発表されています。現在の制作活動の核となっている考え⽅や、表現の 形態が変わっても⼀貫している想いについて、まだ作品を⾒たことがない⼈に向けて教えてください。

以前は、⾃然や動物からインスピレーションを受け、装飾美を探求しながら靴を彫刻として捉えて制作して来ました。

現在は「⾜」を中⼼的なモチーフとした彫刻を制作しています。日本国内外問わずさまざまな⼟地に⾃分の⾜で赴き、その⼟地の歴史を学んでいます。そうした過程を通して、⼈類の歴史の歩み、⾃然との共存、重⼒と死⽣観の関係を、をどのように捉えるか考えながら表現しています。

人間と類人猿との違いは、習慣的に直⽴⼆⾜歩⾏をしていることだと⾔われています。⼈類は数百万年もの間、歩き、⽣活を営み、⼤陸を越えて移動しながら進化を遂げて来ました。その意味で、私は「⾜」は⼈という存在を表現する上で⾮常に重要なモチーフだと考えています。

作品の台座に、ご⾃⾝のルーツである「幼少期を過ごした⼟地の⽯」を⽤いられているのが⾮常に印象的です。⽯という⾃然物と、セラミックや鉄による造形を組み合わせることで、作品にどのような「記憶」や「時間」を封じ込めようとしているのでしょうか?

⼈類の歩みをテーマに考えた時に、まずは⾃分の過去を振り返りました。私⾃⾝が歴史の⼀部であるという事を認識し、この主題を遠い物ではなく、自分自身に関わるものとして捉えたいと思ったからです。

私が⽣まれたのは、広島にある因島という離島でした。幼少期に何気なく⾒ていた海岸の崖や⽯は、改めて視点を変えてみると、とても興味深い歴史がある事を再認識しました。私は、作品に使⽤している⽯を台座とは考えていません。石もまた、作品そのものを構成する不可欠な一部です。

⽯は⾃然の象徴であり、⼈間は⾃然の⼀部でもあります。⽯の上に⾜を置く事によって、⼈間は⾃然の下に⽣かされ、自然と共存しているというメッセージを込めています。 また、私が使⽤している鉄は、海にこぼれ落ちた、或いは捨てられたモノです。海底で永い年⽉をかけながら溶解し、⼈⼯物から⾃然物へと帰化している状態です。それらは、⾃然と⼈間の営みのあいだに存在しています。そうした鉄を作品に取り⼊れるということは、一度⽌まっていた時間を再び進める事であり、記憶の共有でもあると考えています。

離島や⽥舎に⾏くと、⾃然のエネルギーの強さや積み重ねられた時間のスケールに圧倒され、深く心を動かされると同時に、畏怖の念も抱きます。⾃然と真正⾯から向き合った時、⾃分がいかに小さく、脆い存在であるかを思い知らされるのです。

近年、⼈類は⾃然をコントロールし、消費することで経済を発展させて来ました。しかし、その速度はあまりにも速く、多くの⼈はさらなる加速を事を恐れません。そのような⼈達に、作品を通して、⼀度歩みを緩め、⾃然との関係性を改めて考えるきっかけになればと願っています。

Masaya Kushino 《Compassion》(2026)
Stone CeramicIron 23×22×30cm
Masaya Kushino 《Compassion》(2026) Stone CeramicIron 23×22×30cm

バレエダンサーの⾜をリファレンスにされていると伺いました。⼈間の⾝体能⼒を極 限まで引き出す「⾝体的共鳴」というキーワードは、完成した彫刻作品を通じて、観る⼈にどのような感覚を呼び起こさせたいと考えていますか?

⼈間は重⼒に守られることによって、⼤地から離れることなく日常生活を可能にしています。しかし、その反⾯、歩くという⾏為は重⼒に抗うことによって実現します。この⽭盾こそ、「⽣きる」ということに直結していると考えています。

バレエダンサーは、まさにこの矛盾を体現しています。重⼒に抗いながら、⾝体を極限まで使い、美しさと危うさ、さらには生と死という表裏一体の関係を表現しています。そういう意味で、バレエダンサーの⾜は私にとっては⾮常に⼤切なインスピレーションであり、メッセージでもあります。鑑賞者には、⽣きるうえで様々な問題や課題を踠きながら乗り越え、強く美しく⽣きる態度を感じて欲しいと思っています。

シューズデザインでも彫刻でも、常に「異界」や「⾃然現象」を感じさせる独創的な世界観を展開されています。制作において、最もインスピレーションが湧き上がるのはどのような瞬間ですか?

想像を超越した⾃然や現象に直⾯した際に、身体中の一つ一つの細胞が、まるで過去の記憶を呼び覚ましているかのように感じます。その感覚が、私の想像力を拡張し制作へと向かわせます。同様に死を想起させる出来事やニュースにも影響を受けます。古墳や遺跡に訪れた際にも、人類が長い歴史の中で蓄積してきた叡知を学び、創造意欲を掻き⽴てられます。その意味で、自ら極限的な精神状態を経験すること、或いは他者の経験を追体験をすることがインスピレーションになっていると⾔えるかもしれません。

Masaya Kushino 《EnigmaII》(2025)
Stone CeramicIron 29×26.5×40cm
Masaya Kushino 《EnigmaII》(2025) Stone CeramicIron 29×26.5×40cm

今回の Tokyo Gendai では、Nomadic Gallery のブースで「⾝体性」や「記憶の共鳴」 をテーマに展⽰されます。⽇本のアートシーン、そして会場を訪れる観客に対して、どのような期待やメッセージを持っていますか?

私は、現代社会は加速主義であり、効率化を進め短期的な経済効果を求め過ぎていると感じています。また、AIなどテクノロジーの進化により、⾝体性の意義や⼈間である事の重要性も見えにくくなっているのではないでしょうか。もちろん、⼈間の好奇心や、進化したいという欲求そのものを否定しているわけではありません。しかし、現在の状況では、明るい未来を思い描くことは容易ではありません。

私たち作家は、作品を通して、こうした社会に問いを投げかける力があると信じています。アートは、⽬に⾒えないものを想像するよう私たちに促します。そして、⼈と⼈とが協業することの大切さや、⾃然との関係に注目を向けることの重要性を思い出させてくれます。そうしたことが、⾝体と精神の調和を取り戻す助けになるかもしれません。⾃然を単に利⽤するのでは無く、⾃然とともに生きるという選択を私たちができるようになることを心から願っています。そして、その選択が、未来への美しい歩みになればと思います。

ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。

大地に刻まれた記憶。串野真也の彫刻を会場で。

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

ブース:
Nomadic Gallery

チケット購入先:

串野真也 

1982年広島県生まれ。
ミラノのイストゥトゥ・マランゴーニ修士課程修了後、帰国。京都を拠点に、日本の伝統工芸に着想を得た靴のデザインを手がける。
近年は、足や靴をモチーフに、生と死、人類の歴史観を問う彫刻作品を制作している。
2016年には京都府文化賞奨励賞を受賞。作品はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)およびファッション工科大学美術館(ニューヨーク)に収蔵されている。

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