90’s and or 20’s 未来は、すでに作品にあった。——太郎千恵藏インタビュー

Monday 17 August, 2026

1990年代、インターネットやAIが現在のように日常へ浸透する以前から、人間とテクノロジーの関係を鋭く問いかける作品で国際的な注目を集めたアーティストがいる。太郎千恵藏は、1991年にニューヨークでデビューし、翌年には国際巡回展『Post Human』に参加。以来、彫刻と絵画を横断しながら、ポップカルチャー、美術史、テクノロジー、そして現実世界の出来事を重ね合わせる独自の表現を切り拓いてきた。現在はベルリンを拠点に活動し、近年は東京国立近代美術館への作品収蔵をはじめ、その実践はあらためて国内外で高い評価を集めている。

Tokyo Gendaiでは、初期の代表作から近年の絵画までを通して、その歩みを体感できる貴重な機会となる。本インタビューでは、30年以上にわたり時代を先取りする表現を追求してきた太郎千恵藏に、その創作の原点と、変化する時代のなかでなお更新され続ける芸術について話を聞いた。

太郎千恵藏 《Boy(Abstract)》
太郎千恵藏 《Boy(Abstract)》

あなたの制作活動を、まだ作品を見たことがない人に向けて教えてください。

ポップアートの方法を継承し抽象とイメージを横断しながら絵画と彫刻を主に作っています。

「見えない身体」展 Rempire、NY(1991)
「見えない身体」展 Rempire、NY(1991)

90年代に「ポスト・ヒューマン」や「ネオポップ」の旗手としてデビューされ、子供のドレスを用いた彫刻などで世界に衝撃を与えられました。当時あなたが作品を通じて予見しようとした「人間の未来像(あるいは不気味さとポップさの共存)」は、AI やデジタルが日常化した現代の社会にどのように地続きで繋がっているとお考えですか?

1991年にニューヨーク、ソーホーのレンパイアギャラリーでの「見えない身体」展でイヴ・クラインやヨーゼフ・ボイスらの作品と一緒に、子供のドレスのロボットと子供服のコンバイン絵画を展示し、92年からスイス、イタリア、ドイツのヨーロッパの5つの美術館を巡回する「ポスト・ヒューマン」展にマイク・ケリー、ゴンザレス=トレス、ロバート・ゴーバーらと参加しました。「ポスト・ヒューマン」展にはシンディ・シャーマンやジェフ・クーンズ、ダミアン・ハーストも参加していたのですが、特にわたしの作品とゴンザレス=トレスのダンスステージが、美術館でリテラルに身体が動く作品だったことが注目され美術雑誌だけでなく各国の新聞やニュース番組でも大きく取り上げられました。

現在では日本やアメリカの美術館のコレクションになっている子供用ドレスのロボットの作品は、当時は「見えない身体」展でのイブ・クラインの空虚の身体とボイスのトラウマの身体という近代を批評する文脈と、「ポスト・ヒューマン」展で情報化社会と多様性の時代の身体というインターネット黎明期の文脈双方で語られました。そしてAIとロボットが実用化された現在では、よりリアリティを帯びて予言的な作品だと受け止められています。

Post Human展 キャステロ・デ・リヴォリ現代美術館 トリノ、イタリア(1992)
Post Human展 キャステロ・デ・リヴォリ現代美術館 トリノ、イタリア(1992)

近年の個展(『顔の出現 ー 記号になるまえに』、『アッパリーレ』、『Passion』など)では、鮮やかで、どこかシュルレアリスムを思わせるペインティングを中心に発表されています。こうした絵画制作において、キャンバスに向かう際に最もインスピレーションが湧き上がったり、身体的な感覚が研ぎ澄まされたりするのはどんな瞬間ですか?

マンガやテレビは物として子供のころから家にあり、日常的に見ていました。わたしにとっての絵画制作はそのような物を絵の具という物質で絵画にすることです。

『顔の出現 ー 記号になるまえに』に展示して、今回、Yoshiaki Inoueから東京現代に展示する 「Untitled(Kat drawing)」シリーズは、1913年から30年ほど連載された新聞マンガで、フランツ・クラインをはじめとする多くの作家の作品にオマージュとして描かれ、ピカソやデ・クーニングが読むのを待ちわびていたと言われる「Krazy Kat」をもとにしたドローイングです。レンガを投げるネズミとぶつけられる猫。ジル・ドゥルーズは能動でも受動でもない、傷とともにある 無感動において初めて、戦争=出来事は把握されうると言いました。2014年にレンガをぶつけられたネコのマンガをシリーズのドローイングにし、それを発展させ10点の大型絵画を制作し、そのなかの2点を2023年の東京現代にPARCELにて展示しました。

太郎千恵藏 《Untitled (Kat 11)》(2014)
太郎千恵藏 《Untitled (Kat 11)》(2014)

ニューヨークでの活動を経て、現在はベルリンに拠点を置かれています。文化や歴史のレイヤーが複雑に重なるベルリンという都市での生活や、2024 年に東京国立近代美術館へ代表作が収蔵されたことなどは、現在のあなたの表現へのモチベーションや、作品の持つ「温度」にどのような影響を与えていますか?

絵画は写真とは異なる形式で出来事を記録します。イメージをときには、ぶらし遮蔽し、指し示すものを示さず記号としては機能しない古いメディアです。わたしの絵画は、現実界のテレビやマンガ雑誌にあるポップなイメージを制作している絵に圧力をかけながら美術史という歴史を部分的に突出させます。イメージと抽象を重ね合わせ壊乱させることによって逆照射し、一時的なものから永遠なものの抽出を試みます。

80年代の終わりからニューヨークで主にドレスのロボットの彫刻を制作していました。絵画を制作の中心にしたのは母の看病のため長期滞在していた95年の東京で、そのとき地下鉄サリン事件が起きました。その後2001年911テロを500mの近距離で目撃しニューヨークから日本へスタジオを移し、東日本大震災のあとにベルリンをスタジオにしました。絵画は現実界の出来事とトラウマを遮蔽したり部分的に飛び出させたりします。ハル・フォスターは著書「第一ポップ時代」で、ポップは直感的に写真やテレビと絵画をひとつに折り重ねることによって現代の主題を前景化しつつ芸術の伝統を喚起させるといいます。トライベッカのロフトで制作したターナーの絵画の上にロボットとレンジャーのテレビ画像をモンタージュした「戦争(ピンクは血の色)」1996はニューヨーク、ソーホーのサンドラ・ゲーリングギャラリーの個展で発表し、ヴァージニアやオハイオの美術館で展示されました。それが2024年に東京国立近代美術館のコレクションになったのは、とても感慨深いです。

東京国立近代美術館での展示風景
東京国立近代美術館での展示風景

国際的なアートフェアである Tokyo Gendai の会場で、時代や国境を越えてあなたのマスターピースや新作に出会う国内外の観客、そしてこれからの日本のアートシーンに対して、どのような メッセージを投げかけたいですか?

作品をひとつずつ見てください。そして感じてください。

 

ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。

未来は、すでにその作品の中にある。 太郎千恵藏の作品を会場で。

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

ブース:
Yoshiaki Inoue Gallery

チケット購入先:

太郎千恵藏

太郎千恵藏は、1991年にニューヨーク・ソーホーでデビューし、1992年には「ポスト・ヒューマン」展に参加、スイス、イタリア、ドイツ、アテネなどの美術館を巡回しました。 その後、東京で奈良美智、村上隆とともにネオ・ポップを立ち上げ中心人物として活躍しました。ヴェネツィアヴィエンナーレ、ブルックリンミュージアム、MoMaPS1、テートギャラリー(リバプール)、パワープラント(トロント)、ベレン文化センター(リスボン)、東京国立近代美術館、東京都現代美術館他、国内外多数の美術館の展覧会に参加しました。二ューヨーク、フランクフルト、東京、大阪等で個展を開催しています。パブリックコレクションは、東京国立近代美術館、徳島県立近代美術館、熊本市現代美術館、府中市美術館、大分市美術館、高橋コレクション、マルガリーコレクションウェアハウス(フロリダ)などにコレクションされています。

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