Eri Asks:凝り固まった価値観を壊す。アートと生きる、榎本二郎のコレクション

Thursday 3 September, 2026

Tokyo Gendaiのフェアディレクター高根枝里が、国内外で活躍するアーティストやキーパーソンに話を聞くインタビュー企画、「Eri Asks」。

今回登場するのは、福岡を拠点に現代アートのコレクションを築き、公共空間へのアートの展開にも取り組むコレクター、榎本二郎さんです。ナムジュン・パイクとの出会いを原点に、歴史や社会に向き合う作品から、既存の価値観を揺さぶるアートまで。自身の感性とアドバイザーとの対話を重ねながら、独自のコレクションを育んできました。

「凝り固まった価値観を壊したい」という榎本二郎さんの言葉を手がかりに、コレクションとパブリックアート、そしてアートが街や人の意識にもたらす可能性について、ぜひお話をお楽しみください。

アートとの出会い、そしてコレクションへ

高根枝里(以下、高根):まずはアートとの出会いについて伺いたいです。幼い頃からアートに触れる機会は多かったと思いますが、現代アートを好きになったきっかけや、何か印象に残っている出来事はありますか?

榎本二郎(以下、榎本):幼少期は、アートを見る機会はありましたが、そこまでのめり込むことはありませんでした。大人になってから、音楽や小説、映画などがずっと好きで、自分の中でいろいろなものが熟してきたタイミングで、自然とアートに移行していったような感覚があります。

初めて買った作品は、小学校2、3年生くらいの頃に、大衆的なギャラリーで、少年が子犬にスープをあげている木彫の作品を見つけました。なぜか当時の僕は、その作品の中で「スープ」の部分がすごく気になったんです。

液体であるはずのスープが彫刻として固体になっているのに、ちゃんと液体らしさが伝わってくる。それが面白くて、ずっとスープの部分を触っていた記憶があります。その後も、図工の時間になると水ばかり描いていました。それが、最初のアートとの出会いだったのかもしれません。

高根:面白いですね。その作品は、今も残っているんですか?

榎本:たぶんまだあります。作者名もないくらい、大量生産されていたような作品ですけどね。

高根:その後、大人になって「これは本格的に作品を買ったな」と思ったのは、どんな作品でしたか?

榎本:家族の影響もかなりあります。中学生くらいの頃、福岡のキャナルシティに展示されていたNam June Paik(ナムジュン・パイク)の作品を見たんです。そのインパクトがずっと残っていて、20代くらいの頃にナムジュン・パイクのリトグラフを買ったと思います。

「あ、この人知ってる」という感覚と、「この人は本物だ」という感覚が、すでに自分の中に残っていたんですよね。当時はロックが好きだったので、ナムジュン・パイクのギターをモチーフにした作品を最初に買ったのが、本格的なコレクションの始まりだったと思います。

Nam June Paik《Fuku/Luck,Fuku=Luck,Matrix》

コレクションを「一人で買う」ことから、チームで考えることへ

高根:そこから現在のように、アートアドバイザーの方とも一緒にコレクションを作るようになったのは、いつ頃からですか?

榎本:それまでは基本的に自分で買っていました。ただ、ある出来事が大きかったですね。僕の身近に、ものすごく熱心なアートコレクターがいて、20代後半から30代前半くらいの頃、その人のコレクションをよく見に行っていました。

その方は美術館を作ろうとしていたんですが、周囲からはその価値が十分に理解されていなかった。リーマン・ショックの時期などにコレクションが解体されて、いろいろな作品が売られ、散り散りになっていったんです。

その経験がすごく印象に残っていて、「本格的にコレクションするのは面白いかもしれない」と思うようになりました。彼のコレクションをそのまま引き継ぎたいということではないんですが、ひとつの大きなコレクションが解体されてしまった寂しさや悔しさのようなものが、自分の中に残ったんだと思います。

そこから、「本物をもっと集めていけば、いつかそれ自体が力を持つんじゃないか」というような感覚が、少しずつ生まれていったのかもしれません。

アートアドバイザーという存在を知ったのも、その頃です。「本格的に集めるのであれば、自分の直感だけではなく、きちんとチームを作って進めたほうがいいのかもしれない」と思うようになりました。大きなコレクションが解体されたことが、ある意味でトラウマになっていて、「本気でコレクションするなら、自分にもチームが必要なんだ」と学んだんですよね。

高根:なるほど。基本的には、まずご自身が「好きだ」と思ったものがあって、そこからアドバイザーに相談するのでしょうか。それとも、一緒に相談しながら買うことが多いですか?

榎本:最近は一緒に相談することが多いですね。昔は全然相談していませんでした。

自分で好きなものを買っていて、あとから見ると、3つに1つくらいはちょっと変なものも買っていたらしい(笑)。でも、その中のいくつかをアドバイザーの方が「これは面白い」と評価してくれて、「この方向をもっと伸ばしていったほうが面白いんじゃないか」と言ってくれた。それで、今は相談しながら買うようになりました。

Daniel Buren《HG6 Alto Re lieve》
Daniel Buren《HG6 Alto Re lieve》
Daniel Buren《Light&Color, work in situ》
Daniel Buren《Light&Color, work in situ》

何に心を惹かれるのか

 

高根:では、二郎さんが作品を見て「いいな」と思うのは、どういう瞬間なのでしょう?

榎本:アートをよく見ている時期と、あまり見ていない時期で、目利き力には結構ブレがあります(笑)。ただ、「いい」と思うものには、自分の中に一定のクオリティの基準が無意識にあるんだと思います。そのうえで、かなりその時の自分の感情にも左右されます。

たとえば、Titus Kaphar(タイタス・カファー)の作品を買ったことがあります。奴隷制や歴史的な抑圧を扱った作品で、ちょうど自分の人生に大きな変化があった時期と重なって、かなりダークな気分になっていたんです。

でも、その作品を見ていると、個人の出来事を超えて、もっと凄まじい民族的、歴史的な問題があるんだということを感じさせられたんです。そういう作品を身近に置いておくことで、自分自身の感情を相対化できるんじゃないかと思いました。

高根:なるほど。時代や、その時のご自身の状態によって、インスピレーションを受けるものも変わっていくんですね。

Mandy El-Sayegh
Mandy El-Sayegh

ニューヨークで得たもの

高根:私もニューヨークに13年ほどいましたが、二郎さんとおそらく同じ時期ですね。

榎本:重なっていますね。振り返ってみると、ニューヨークから受けた影響は大きかったと思います。ニューヨークでは、先ほど話したコレクターのコレクションを改めて見る機会もありましたし、「この人はこういう場所で作家と出会って、こういう場所で作品を買っていたんだ」ということを、街の空気を通してなんとなく理解できたんです。

日本にいると、作品だけがぽんと置かれていて、その作品がどういう背景で買われていったのかは、なかなかわからない。でもニューヨークにいると、そういう背景がもう少し空気感として伝わってくる。当時はギャラリーにもよく行っていました。

高根:私も学生時代、かなりギャラリーを回っていました。インターンで、アンドレア・ローゼンやリチャード・アベドン・ファウンデーションなどで働かせてもらいました。当時、特に印象に残っているギャラリーやアーティストはいましたか?

榎本:僕は、ギャラリーよりもアーティスト本人から影響を受けることが多かったですね。もちろんPace GalleryやGagosianなど、メジャーなギャラリーにも行っていました。チェルシーのギャラリーはほとんど回っていたと思います。ただ、学生時代はオープニングに行って、ただお酒を飲んでいたことも多かった(笑)。

高根:(笑)。

榎本:そこで出会ったアーティストの中には、作品そのもの以上に、その人の生き方や存在感に影響を受けた人もいます。

ニューヨークには、日本では生きることが難しいと思うような人たちも、普通に生きている。いろいろな人に「こういう生き方もある」と認める余地がある。「こういう人にも生きることが許されるんだ」と感じて、すごい街だなと思いました。

【天神ビジネスセンターⅡ】Tomás Saraceno / トマス・サラセーノ《Aerosolar Rhythms》
【天神ビジネスセンターⅡ】Tomás Saraceno / トマス・サラセーノ《Aerosolar Rhythms》
アートを公共空間に置く意味


高根:
日本に戻ってから、ご自宅だけでなく、オフィスや公共施設などにも積極的にアートを置かれていますよね。公共空間にアートを置くことには、どのような意味を感じていますか?

榎本:僕にとっては、やっぱりナムジュン・パイクが大きいんです。中学生の頃、意味はよくわからなかったけれど、あるビジュアルイメージが突然、自分の頭の中にインストールされたような感覚があった。その経験から、アートには、意味を理解する前に、ビジュアルとして人の記憶に焼き付く力があると思っています。

だから、アートが持つパワーを使って、凝り固まった価値観や、無意識の同調圧力のようなものに対して、少し反逆してみたいという気持ちはあるのかもしれません。

高根:なるほど。でも、根底には「愛」があるということでもありますか? 変えたいという気持ちの中に。

榎本:愛はあるかもしれないですね(笑)。それと、直島などが明らかに成功しているように、海外からも大きな注目を集めていますよね。それを福岡という、もう少し大きな都市規模の場所でやってみるのも面白いと思っています。

直島には生活圏や経済圏もありますが、福岡はさらに大きな都市として、アートによって町の価値観そのものが少し変わる可能性がある。東京とはまた違う価値観が生まれたら面白いなと思っています。

【西日本シティビル】ERWIN WURM / エルヴィン・ヴルム 《Trip・Dance(Bag Sculptures)》
Photo by DAICI ANO
【西日本シティビル】ERWIN WURM / エルヴィン・ヴルム 《Trip・Dance(Bag Sculptures)》 Photo by DAICI ANO
アートフェアに期待すること


高根:
フェアにもかなり足を運ばれていると思いますが、アートフェアにはどんなものを求めていますか?普通にギャラリーへ行くのとは違って、フェアだからこそ得られるものは何でしょう?

榎本:僕にとって、フェアは学びの場でもあります。一度に大量のアートを見ることができるので、「今こういうアートが出てきているんだ」「こういうものが主流なんだ」「こういう作品が売れているんだ」ということがわかる。

さらに、どういう人がそれらの作品に反応しているのか、その属性まで見える。だから、フェアは作品だけではなく、周辺の状況も含めた「情報の宝庫」だと思っています。

高根:Tokyo Gendaiは海外ギャラリーが約6割、日本のギャラリーが約4割という構成で、海外のフェアと比べると日本のギャラリーもかなり多い。一方で、日本の方から見ると海外のギャラリーが多いと感じると思います。日本で国際的なアートフェアを開催することについて、どんな期待がありますか?

榎本:やること自体には、絶対に意味があると思います。ただ、せっかくなら、もっと思い切ってやってほしい。極端な話、フェアそのものよりも「パーティーがすごい」と言われるくらいになったら面白いと思います。

日本のコスプレなども混ぜながら、とんでもないパーティーをやって、夜のTokyo Gendaiが「これまでの価値観を全部壊してやる」くらいのメッセージを出してくれたら、僕は絶対に参加しますよ。

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コレクションとパブリックアート


高根:
現代アートを日本に紹介していくうえでは、作品そのものだけでなく、「なぜそれをやっているのか」という背景や思想もすごく重要だと思うんです。

榎本:僕の場合、その背景にあるのは、「凝り固まった価値観を壊したい」ということなのかもしれません。ただ、パブリックなアート活動と、僕個人のコレクションは、結構違います。もちろんリンクしている部分はありますが、個人のコレクションのほうが、もっと尖っていると思います。

高根:具体的には、最近どんな作家の作品を購入されていますか?

榎本:最近だと、Mandy El-Sayegh(マンディ・エル サラー)やNate Lowman(ネイト・ロウマン)などですね。ほかにも、Titus Kaphar(タイタス・カファー)の系譜につながるようなTodd Grey(トッド・グレイ)の作品。歴史や社会の中で見過ごされてきたものを改めて見直すようなアーティストにも惹かれています。

パブリックアートで購入しているのは、Daniel Buren(ダニエル・ビュレン)、Tomás Saraceno(トマス・サラセーノ)、Nam June Paik(ナムジュン・パイク)、Erwin Wurm(エルヴィン・ヴルム)などです。


これからのコレクションとTokyo Gendai

 

榎本:今日の話は、かなり思想的な話になりましたね。

高根:でも、それこそが大事だと思います。作品そのものだけではなく、なぜその作品を選ぶのか、なぜアートを街に置くのか。そういう背景があるからこそ、コレクションにもパブリックアートにも意味が生まれると思います。

榎本:僕としては、凝り固まった価値観を壊したい。それを政治ではなく、アートや文化、美意識を通してやっていきたいんです。

高根:Tokyo Gendaiも、そうした自由な価値観が交差するプラットフォームでありたいと思っています。今日はありがとうございました。

榎本:ありがとうございました。

Tokyo Gendai 

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

チケット購入先:

榎本 二郎

Zero-Ten 代表取締役CEO
Zero-Ten Park 代表取締役CEO
エフ・ジェイエンターテインメントワークス 代表取締役CCO

1978年生まれ、福岡県出身。早稲田大学理工学部入学後、2002年にニューヨーク工科大学へ編入・卒業。2011年、映像制作やイベント企画運営を手がける株式会社Zero-Tenを設立。以降、福岡を拠点に、国内外で数多くのプロジェクトをプロデュースする。まちづくりや文化創出における先進的な取り組みを推進し、都市のポテンシャルを引き出す多彩な事業展開を行っている。

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