Eri Asks:答えのない問いから、100万の場所へ。Ryan Ganderが考えるアート

Thursday 3 September, 2026

Tokyo Gendaiのフェアディレクター高根枝里が、国内外で活躍するアーティストやキーパーソンに話を聞くインタビュー企画、「Eri Asks」。

今回登場するのは、日常の風景や身近なモチーフを起点に、ユーモアと知性を交差させながら、アートの可能性を広げ続けるアーティスト、Ryan Ganderです。彫刻やインスタレーション、パフォーマンスなど多様な手法を通して、鑑賞者の想像力が入り込む「余白」を作品に残し、ひとつの答えではなく、無数の解釈へと開かれた世界をつくり出してきました。

今回のTokyo Gendaiで発表される新作《Your Questions in a World that Only Wants Answers》を手がかりに、「答え」ではなく「問い」を生み出すアートの力について、Ryan Ganderに聞きました。ぜひお楽しみください。

Ryan Gander 《Do shadows have sounds?》(2025)
Ryan Gander 《Do shadows have sounds?》(2025)
「アートは、ひとつの答えにたどり着くものではない」


Eri Takane
(Eri):まず、Ryanさんの作品を支えている、アーティストとしての基本的な考え方から伺いたいと思います。作品を通して伝えたい、核となるメッセージや哲学はありますか?

Ryan Gander(Ryan):すごく大きな質問ですね(笑)。実は、僕には「これを達成したい」という明確な目的や使命はありません。何か決まったゴールに向かって作品をつくっているわけではなく、ただ、自分なりの方法で作品をつくり続けています。

ただ、僕の作品についてよく言われる特徴として、「親しみやすさ」と「興味をそそる感じ」があります。それは、作品の中に意図的に「何かが欠けている」からだと思います。

僕は、作品の中にあえて余白や空白を残します。何かが存在しなかったり、取り除かれていたり、消されていたりする。その空白があることで、鑑賞者がそこに自分自身の考えや物語、経験を投影できるのだと思います。

だから、僕がつくるのは、ある意味で「枠組み」や「出発点」なんです。そこに、それぞれ異なる人がやって来て、それぞれの考えを持ち込んでいく。僕自身、好きなアート作品は、ひとつの場所から始まって、最後には100万通りの場所へたどり着くような作品です。

逆に、ひとつの場所から始まって、全員が同じ場所にたどり着く作品には、あまり興味がありません。それはアートというより、コミュニケーションだと思うんです。何か明確なメッセージを伝えて、それを正確に理解してもらいたいのであれば、アートを使う必要はない。アートはむしろ、コミュニケーションではなく「誤解」についてのものだと思っています。

明確ではないからこそ、人によって違う読み方が生まれる。解釈する人が増えれば増えるほど、その作品は豊かになる。僕はそう考えています。


「アーティストを、アーティストたらしめるもの」


Eri
では、Ryanさん自身が刺激を受けたり、「こんな作品をつくりたい」と思わせられたりするアーティストはいますか?

Ryan:もちろんいます。でも、具体的な名前は言わないでおきます(笑)。僕が惹かれるのは、目で見るためというより、頭で考えさせるアートです。見た目がどう美しいか、ということだけを追求した作品には、あまり興味がありません。僕はイメージそのものよりも、「体験」に興味があります。

僕にとって、最高のアートは「感じる」ものです。だから、建築的なインスタレーション、パフォーマンス、介入的な作品、物語性のある作品、ある時間をかけて成立する作品などに惹かれます。

そもそも、アートって世界中の何にでもなれるはずなんです。ボールゲームを考案したっていい。動物だけでバレエを振り付けたっていい。レストランのメニューをデザインしたっていい。それだってアートになり得る。なのに、世の中でつくられているアートの99%が、四角くて、平らで、壁に掛けられている。僕には、それがものすごく不思議なんです。

「何をやってもいい」「ルールを破ってもいい」「自由に実験していい」という世界のはずなのに、なぜみんな同じことをするんだろう、と。だから、僕が惹かれるのは、既存の期待を裏切るアーティストです。

展覧会を見に行ったときに、「これは前回の作品と全然違う」「こんな作品をこのアーティストがつくるなんて思わなかった」と驚かされる。それこそが、優れたアーティストだと思います。

アートに見えないアートをつくる


Eri
以前、大阪の美術館や福岡の太宰府でも作品を拝見しました。最初に見ると、ユーモアがあって、明るくて、とても入りやすい印象があります。でも、作品について深く知っていくと、その奥には非常に複雑なアイデアやコンセプトがある。この「入りやすさ」は、意識的につくられているのでしょうか?

Ryan:面白いところに気づきましたね。僕にとっては、「真剣さ」と「興味を持てること」のバランスが重要なんです。何週間も頭に残ってしまうような、深くて面白いアイデアがある。でも、そこに答えはない。一方で、もう片方には「アクセスしやすさ」がある。

現代アートやコンセプチュアル・アートというと、「難しい」「知識のある人だけのもの」「理解するには大学で10年勉強しなければならない」と思われがちです。でも、それは単なる思い込みです。どんな人でも、どんなアートに対しても自分なりの解釈を持っていい。

だから、すごく真面目で面白い作品をつくるだけでは十分ではないと思っています。鑑賞者が自然に作品へ入っていけるような、ちょっとした仕掛けが必要なんです。

僕の場合、それは「これはアートではありません」と宣言するような作品をつくることだったりします。たとえば、小さなネズミをつくったとします。子どもがそれを見たら、「アートだ」とは思わない。ただ「ネズミだ」と思うでしょう。僕にとって、それが重要なんです。

人は「これはアートです」と見えるものに出会うと、急に身構えてしまう。でも、アートに見えないものなら、まず自然に関わることができる。そして、あとから「これもアートだったんだ」と気づく。だから僕は、アートに見えないアートをつくることに、とても興味があります。

Ryan Gander 《2000 year collabolation (The Prophet)》(2018)
Animatronic mouse, audio ©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation view at Tokyo Opera City Art Gallery, 2022
Collection of Ishikawa Foundation, Okayama
Photo: Tomoki Imai
Ryan Gander 《2000 year collabolation (The Prophet)》(2018)
Animatronic mouse, audio ©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation view at Tokyo Opera City Art Gallery, 2022 Collection of Ishikawa Foundation, Okayama
Photo: Tomoki Imai
アイデアは、どこからやってくるのか


Eri
Ryanさんの作品には、日常生活の中にあるものがよく登場しますよね。今は情報があまりにも多くて、何にインスピレーションを受けるのか、どうやってアイデアを選び取るのかが難しい時代だとも感じます。Ryanさんは、日々どのようにアイデアを集めているのでしょうか?

Ryan:僕には、自分なりの習慣というか、制作のルーティンがあります。

僕は一年の半分以上を旅していて、スタジオにずっといるタイプのアーティストではありません。ロンドンにいることもあれば、ザルツブルクにいることもあるし、海の近くの田舎にあるスタジオに行くこともあります。だから、僕の制作活動はかなり「ノマド的」なんです(笑)。どこにいても、アートをつくり続けられるようにしています。

たとえば、今日も写真を撮ったり、一日中ノートに思いついたことを書いたりしています。そして田舎のスタジオに戻ると、それらをカードにします。そのカードを壁に貼っている「アイデアルーム」という部屋があるんです。壁には、プロジェクトや展覧会の出発点になるアイデアが、カードになって大量に貼られています。新しいプロジェクトを考えるときは、その部屋に入って、カードを動かして、組み合わせていく。そうやって、何をつくるか、どうつくるか、展覧会をどう構成するかを決めています。

洋服のデザインやミュージックビデオ、テレビ番組など、僕が手がけるほかの仕事も、基本的にはそこから生まれます。その部屋は、まるで映画に出てくる殺人犯の捜査室みたいですよ(笑)。壁一面にいろんな情報が貼ってあって、ちょっと怖いくらいです。

実は、その部屋そのものを美術館で再現する展覧会も予定しています。僕のアイデアを、みんなに盗んでもらえるわけです(笑)。

©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation view at National Museum of Art, Osaka,2017
Photo: Nobutada Omote
©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation view at National Museum of Art, Osaka,2017
Photo: Nobutada Omote
変わり続ける作品、その奥にある変わらないもの

Eriこれまで本当に多くの作品をつくり、世界各地で発表されてきました。10年、20年という時間の中で、作品は変化してきたと思いますか? それとも、根底にあるものは変わっていないのでしょうか?

Ryan:正直、今までそんなことを考えたことがありません(笑)。作品ごとに、どんどん変わっていると思います。ただ、10年前、20年前にやっていたことを、今も違う方法でやっているという感覚はあります。

多くのアーティストの軌跡って、時間とともに少しずつ方向を変えていく、こんな感じですよね。でも、僕の場合は、むしろこう(笑)。作品ごとに全然違う方向へ動いていく。ただ、制作の本質そのものは変わっていないと思います。

たとえばピカソをはじめ、多くのアーティストは長い時間をかけて作品そのものだけでなく、その根底にあるものも変化していきますよね。でも僕の場合は、核となる部分は同じまま、作品の見た目や方法だけが、ひとつひとつ違っていく。

制作していること自体が、僕にとってはセラピーみたいなところもあります。普段なら考えないようなことを考えることになるので、ある意味、カウンセリングを受けているような感覚なんです。

Eriということは、10年前も今も、精神的には同じような状態なのでしょうか?

Ryan:むしろ、アートをつくることが僕の精神的な安定を保ってくれているんだと思います。

僕はたぶん、頭の回転が少し速すぎるんです(笑)。ひとつのことに集中するのがあまり得意ではないので、常にいろんなことが同時に起きている必要がある。頭の中が忙しいほうが、逆に落ち着くんです。何もすることがないと不安になります。だから、ものすごく忙しいときのほうが、実はすごく幸せなんですよ。

Ryan Gander 《Can time stop?》(2025)
PVC, ink ©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation views at Pola Museum of Art, Hakone, 2025 
Photo: Shu Nakagawa
Ryan Gander 《Can time stop?》(2025)
PVC, ink ©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation views at Pola Museum of Art, Hakone, 2025
Photo: Shu Nakagawa
答えしか求めない世界に、問いを投げかける

Eri今回のTokyo Gendaiでは、大きな彫刻作品を発表されますね。作品について、少し教えていただけますか?

Ryan:今回の作品は、《Your Questions in a World that Only Wants Answers》というリサーチ・プロジェクトから生まれたシリーズです。

きっかけは、僕の子どもの一人が、学校のアートクラブの授業に来てほしいと言ってくれたことでした。学校に行ってみると、ある先生が生徒に「空想するのをやめて、集中しなさい」と言っていた。僕は、それを聞いて「おかしいな」と思ったんです。「空想することこそ、子どもたちがやるべきことじゃないか」と思った。

さらに別の場面では、僕が子どもたちに「もっとふざけていいよ」と言ったんです。なぜなら、ふざけたり、遊んだりすることからアートは生まれるから。すると先生が「なぜそんなことをさせているんですか?」と聞いてきた。「だってアートの授業だから」と答えました(笑)。

家に帰って、娘のPennyとそのことについて話しました。彼女は「学校って嫌い。学校は答えを覚えさせようとするだけだから」と言ったんです。「でも今はスマートフォンがあるから、答えなんて覚えなくても調べればいい」と。

それを聞いて、なるほどと思いました。確かに、すべてを記憶する必要はない。必要な情報は、いつでも調べることができる。そして彼女は、「先生はいつも質問するのをやめなさいって言う」とも話してくれました。

そこから、僕は教育について考え始めました。ヨーロッパやアメリカの教育には、いまだに「正しい答えを覚える」というモデルが強く残っています。でも、機械は情報を記憶することがとても得意です。

人間にしかできないことは何だろう?僕が思ったのは、人間は「くだらない質問」をすることができるということでした。機械は、くだらない質問をしません。だから、教育は答えを覚えることではなく、子どもたちがくだらない質問をすることを中心にしたほうがいいんじゃないかと思ったんです。

それに、答えというものは、すぐに古くなります。何かを学んだ瞬間に、世界は先へ進んでしまう。だからこそ、僕は質問を集め始めました。

Ryan Gander 《Can time stop?》(2025)
©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation views at Pola Museum of Art, Hakone, 2025 
Photo: Shu Nakagawa
Ryan Gander 《Can time stop?》(2025)
©Ryan Gander Courtesy of TARO NASU
Installation views at Pola Museum of Art, Hakone, 2025
Photo: Shu Nakagawa
「アートの力は、ひとつの答えではなく、無数の問いを生むこと」

 

Ryan:僕は、明確な答えのない質問を集めました。友人から聞いたもの、子どもたちから聞いたもの、抽象的な考え方をする人、ユーモアのある人、論理的な人……いろいろな人から質問を集めて、最終的に約2,000の質問が集まりました。

そして、その質問を大きなボールにしました。僕は、質問というものを物理的な存在にしたかったんです。

質問は本来、目に見えません。でも、それを巨大なボールにして、空間の中に置く。そうすると、質問が物理的に「そこにある」ことになる。しかも、ものすごく大きいから邪魔なんです(笑)。大きな質問が部屋の真ん中にあって、その横を、人が身体を細くして通り抜けなければならない。

まるで、問いそのものが自分たちの前に立ちはだかっているような感覚です。

たとえば、「幽霊には歯があるのか?」という質問。答えようがない。でも、ものすごくいい質問ですよね。あるいは、「魚は浮くのか?」という問いもある。哲学者のアンドレ・ジッドが、魚は死ぬと水面に浮かび、人間は死ぬと地面に倒れる、という話を書いています。だとしたら、魚にとっての「下」は、僕たちにとっての「上」なのだろうか?そういう問いです。

Eri2,000もの質問を、たくさんの人に聞いて集めたんですか?

Ryan:100人くらいの人から集めた2,000の質問です。僕自身もたくさん書きましたし、スタジオで一緒に働いているSimonというアーティストも、多くの質問を書いてくれました。みんなで質問をつくる、ある種の共同作業でした。

Eriこれをいつかパブリック・プロジェクトとしてやってみたいですね。

日本の教育も、私が育った頃は「すべてに正しい答えがある」という考え方が強かった。アートについても、文章を書く授業でも、答えを求められる。

Ryan:だから、もし「質問だけが載っている本」があったら、僕は「質問と答えが載っている本」より、そちらを読みたいと思います。答えがないことで、開かれたままになるから。

今日の最初にも話したように、僕が好きなアートは、ひとつの場所から始まって、100万の場所にたどり着く作品です。

100人が「幽霊には歯があるのか?」という作品を見たら、100人がそれぞれ違うことを考えるでしょう。全員が同じことを考えるわけではない。僕は、そこにアートの力があると思っています。

アートの力とは、ひとつの答えを示すことではなく、無数の方向へ広がっていくこと。そのためには、作品は開かれていなければならない。教訓的であってはいけないし、表面的でもいけない。鑑賞する人が、自分自身の考えを持ち込める余白が必要なんです。

Eri今回のTokyo Gendaiにも、とても楽しみな作品ですね。東京には来られますか?

Ryan:はい。まず友人に会うために一晩東京に来て、そのあとソウルに行きます。Friezeのアートフェアのプロジェクトがあるので。そして、もう一度東京に戻ってきます。ちょうどアートフェアの時期ですね。

EriTokyo Gendaiは9月10日から13日まで開催されます。

Ryan:じゃあ、10日に行きます。招待状を送ってくださいね(笑)。

Eriもちろんです。10日はVIPプログラムもありますので、ぜひ。

Ryan:東京で皆さんに会えるのを楽しみにしています。

まだ見えていない物語の断片を探しに、ぜひ会場へ

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

ブース:
TARO NASU

チケット購入先:

© Ryan Gander Photo by Jay Russel. Courtesy of the artist&TARO NASU

Ryan Gander OBE RA

1976年、チェスター(イギリス)生まれ。

ライアン・ガンダーは、彫刻、アパレル、文章、建築、絵画、書体、出版物、パフォーマンスなど、多岐にわたる形式で作品を展開し、国際的な評価を確立しているアーティストです。展覧会のキュレーションも手がける一方、教育者としても積極的に活動し、世界各地の美術機関や大学で教鞭を執ってきました。また、BBCの現代美術や文化に関するテレビ番組の制作・出演も行っています。

日常的なものと難解なもの、見過ごされがちなものとありふれたものを、連想的な思考によって結びつけるガンダーの作品は、言語や知識そのものを問い直すと同時に、作品がどのように現れ、どのように生み出されるのかという芸術のあり方を再構築します。その作品は、パズルや複雑なネットワークを思わせ、そこには複数のつながりや、断片的に埋め込まれた物語が存在します。作品の中に仕掛けられた無数の手がかりを読み解くことで、鑑賞者は自身の連想を働かせ、自ら物語を創造しながら、その複雑な世界を紐解いていくことが促されます。

現在、ロンドンとサフォークを拠点に活動しています。マンチェスター・メトロポリタン大学(英国)、ライクスアカデミー・ファン・ベールデンデ・クンステン(オランダ・アムステルダム)、ヤン・ファン・エイク・アカデミー(オランダ・マーストリヒト)で学びました。

これまでハダースフィールド大学およびサフォーク大学でヴィジュアル・アートの教授を務め、マンチェスター・メトロポリタン大学とサフォーク大学から名誉芸術博士号を授与されています。2017年には、現代美術への貢献によりOBE(大英帝国勲章)を受章。2019年にはプリンストン大学のホッダー・フェローシップに選出されました。2022年には彫刻部門のロイヤル・アカデミシャン(RA)に選出。2024年より、ロンドンのロイヤル・アカデミー・スクールズにてパースペクティブ(遠近法)の教授を務めています。

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