Tokyo Gendaiのフェアディレクター高根枝里がインタビューをする新企画「Eri Asks」。初回は、日常の中にある何気ない風景や、ふと心に残る光の瞬間を独自の視点で描き出すアーティスト、森本啓太インタビューを敢行しました。
彼の作品には、どこか懐かしさを感じる風景でありながら、現実には存在しないような不思議な世界が広がっています。夜の街に浮かぶ光や、記憶の中に残る風景、想像の中で生まれた空間。その一つひとつが、見る人それぞれの記憶や感覚と重なり、新しい視点で日常を見つめるきっかけを与えてくれます。
高根枝里との対談では、森本啓太の作品に込められた思いや、これからの活動についてお話しいただきました。
ぜひ会場で、彼が描く静かで奥行きのある世界を体験してみてください。
「見たことがあるようで、どこにも存在しない風景」を描く
高根枝里(以下、高根):まずは、森本さんの作品を初めてご覧になる方へ向けてお伺いします。Tokyo Gendaiにはコレクターだけでなく、幅広い来場者が訪れます。森本さんの作品と初めて出会う方に紹介するとしたら、どうご説明されますか?
森本啓太(以下、森本):日本に来る前、日本に来た直後、そして現在とで、作品は少しずつ変化してきているのですが、もともとは、日常の中で見慣れてしまった風景や見過ごされがちな場所を切り取り、新しい視点で捉え直すことをテーマに制作していました。
最近はそこからさらに発展して、現実には存在しない空間や、フィクショナライズされた空間も描くようになっています。
高根:カナダから日本へ来られて、作品は今どのように変化していますか?
森本:もともと現実の風景を幻想的な空間へと変換することはテーマでした。ただ最近は、「見たことがあるようで、どこにも存在しない風景」を描きたいときに匿名性を高めたいという思いもあり、完全に架空の空間を制作し始めています。もちろん今でも実在する風景をもとに、それらを編集しながら作品にすることもあります。
高根:森本さんは非常に高い技術力をお持ちですが、頭の中にある架空の空間や人物、背景を、どのように絵として形にしていくのでしょうか。
森本:これまで数多くの作品を描いてきた経験がありますし、ドローイングやスケッチを積み重ねる中で、最近は完全に架空の空間も自然に構成できるようになってきました。
高根:制作のインスピレーションは、どのような瞬間に生まれますか?
森本:日本に来たばかりの頃、とても印象に残ったのが夜の自動販売機でした。夜道を照らすその光を見たときに、僕が10代の頃、バイクで山道を走って迷ったあと、街へ戻る途中に見つけた自動販売機の明かりを思い出したんです。
カナダでは、暗い道の途中に突然ぽつんと明かりが現れるような風景はあまりないので、日本の自動販売機の明かりが、とても日本らしい風景として心に残りました。
それをきっかけに、日本という国や文化について考えるようになり、自分の制作にも大きな影響を与えています。普段とは少し違う違和感や、「見たことがあるようで初めて見るもの」を探すために、夜によく街を散歩したりしています。
光は、社会を映し出す存在
高根:森本さんの作品には、夜の光が印象的に描かれています。海外のコレクターからも、「光と影によって日本らしい情景が表現されている」とよく話題になります。ご自身ではどんな風に光の存在を捉えているのでしょうか。
森本:そうですね。光をテーマとして描き始めたのは、カナダの大学を卒業した頃です。もともと西洋美術では、光は神聖さを象徴するモチーフとして扱われてきました。一方で現代では、光は広告など商業的に使われることが多く、人を引きつけるための装置にもなっています。皮肉的でもある、その変化に興味がありました。
印象的だったのが、マクドナルド創業者の「人々には日曜日に教会ではなくマクドナルドへ来てほしい」という趣旨の言葉。かつて教会の十字架が放っていた象徴的な光を、企業のロゴが置き換えていく。その発想には暴力性も感じますが、同時に現代社会を象徴するアイデアとして面白いと思いました。
高根:面白いですね。たしかに、現代社会を象徴するエピソードですね。
アートが、現実の見え方を少し変えてくれる
高根:先ほど、最近は架空の風景も描くようになったとおっしゃっていましたが、作品を通して鑑賞者にどのような体験をしてほしいと考えていますか?
森本:東京のような大都市には磁場があって、人の感情や考え方を大きく左右する力があると感じています。自分自身も、その空気に飲み込まれてしまうことがあるのですが、夜に街を歩いたり、絵を描いたりしながら、一歩引いた視点、大きなマクロ視点でものごとを見ることを意識しています。
アートには、新しい視点を与えたり、現実の見え方を少し変えたりする力があると思っています。自分の作品も、日常の中にある小さな発見に目を向けるきっかけになれば嬉しいですね。
現実と虚構を行き来する空間へ
高根:森本さんが今後チャレンジしたい、特別なものはありますか?
森本:そうですね。今年の個展では、初めてインスタレーション作品を発表しました。中古の自動販売機を加工して、その中に陶器のボトルや絵画を組み合わせた作品です。平面だけではなく立体も取り入れることで、現実と虚構を行き来するような空間をつくれないかと考えていて、実験している感じです。
Tokyo Gendaiで発表する新作
高根:今年も国内外でさまざまな展示を予定されていますが、9月のTokyo Gendaiではどのような作品を発表される予定ですか?
森本:今回は、2026年5月に開催された藤原ヒロシさんプロデュースによる『表参道ヒルズ20周年記念企画』、メインビジュアルのために制作した大型作品を2点展示する予定です。そのうち1点は原画未発表作品となります。
その後は、来年パリでの展示に加え、日本でも大きな展示を予定しています。
高根:それは楽しみですね。
海外を経験したから見えた、日本の面白さ
高根:森本さんはカナダで長く活動され、日本に戻られて約5年になります。海外と日本では、アートシーンや観客の反応に違いを感じますか?
森本:帰国した頃は、日本でもアートへの関心が一気に高まっていた時期でした。北米で起きていた流れが、韓国や台湾、日本へと広がってきた印象がありました。
一方で最近は少し落ち着き、新しい作家を見る機会も増えています。
その中で感じるのは、日本の現代アートは、良い意味で国際的な文脈に迎合しすぎていないということです。以前は、それを弱点のように表現されて批判されたりすることもあって、僕も少なからず同意していた時期もありました。でも今は、その「少しガラパゴス的」な部分があるからこそ、日本特有の面白い作品が生まれたり楽しめるのではないかと感じています。
高根:Tokyo Gendaiには毎年参加してくださっていますが、今年はどんなことを期待されていますか?
森本:やっぱり、新しい作家との出会いですね。ローカルのアートフェアでは、その土地ならではの才能を発見できるのが一番楽しいです。
高根:今年も海外ギャラリーが約6割、日本が4割という構成ですが、日本ではまだあまり知られていない若い作家も多く参加します。海外の方にも楽しんでいただけるラインナップになると思います。
森本:それはすごく楽しみです。
心を動かされるのは、自分には描けない世界
高根:普段は他の作家と交流される機会も多いのでしょうか。
森本:ギャラリーを通じて知り合う作家はいますが、本当に好きな作家ほど、少し距離を感じてしまうことがあります(笑)。尊敬する気持ちが強すぎるのかもしれません。
高根:どんな作品に惹かれることが多いですか。
森本:絵画が多いですね。工芸など、結構物質的な作品に惹かれますが、共通しているのは、自分では描けない世界観を持っていることです。
最近は、村上隆さんが以前おっしゃっていた「大きなストーリーから、小さなストーリーにシフトしていく」という言葉が印象に残っています。実際、アートの世界でも、その傾向は感じています。社会全体を語るような大きなテーマよりも、それぞれの個人的な物語や小さな世界にフォーカスされるようになってきている。SNSによって人々の関心が細分化されている今の時代とも、どこか重なるように思います。
高根:面白い視点ですね。今年のTokyo Gendai でも、そうした新しい発見を楽しんでいただけたら嬉しいです。
森本:僕もとても楽しみにしています。
高根:本日はありがとうございました。Tokyo Gendai で作品を拝見できるのを楽しみにしています。
森本:こちらこそ、ありがとうございました。
ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。
森本啓太が描く、まだ見ぬ風景を会場で。
会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木)
会場:
パシフィコ横浜
ブース:
KOTARO NUKAGA
チケット購入先:
森本啓太
1990年大阪生まれ。2006年にカナダへ移住し、2012年オンタリオ州立芸術大学(現・OCAD大学)を卒業。カナダで活動後、2021年日本に帰国。現在は東京を拠点としている。バロック絵画や20世紀初頭のアメリカン・リアリズム、そして古典的な風俗画に強い関心をもち学んできた森本は、これらの伝統を参照し、ありきたりな現代の都市生活のワンシーンを特別な物語へと変貌させる。象徴的に「光」を描くことによって、歴史のもつ深みと現代的な複雑さが共鳴する作品を生み出している。2025年には金沢21世紀美術館で個展「what has escaped us」を開催したほか、作品はこれまでトロント・カナダ現代美術館、K11 MUSEA、宝龍美術館、Art Gallery of Peterborough、The Power Plant Contemporary Art Gallery、フォートウェイン美術館などで展示。他にコレクションとして、滋賀県立美術館、京都市京セラ美術館、アーツ前橋、ハイ美術館(米)、Fondazione Sandretto Re Rebaudengo(伊)、マイアミ現代美術館(米)がある。





