河内成幸。 逆さの世界から紡ぐ宇宙 ——木版画に宿る、伝統への敬意と現代の躍動

Monday 10 August, 2026

伝統的な木版画の技法を用いながら、圧倒的な現代のエネルギーとダイナミズムを放つ作家・河内成幸。。日本人の感性の原点である「木」と真摯に向き合い、左右を反転させた“逆さまの世界”から、普段は見えない異質な感覚や、自身が体感してきた壮大な宇宙観を切り取り続けています。

本インタビューでは、北斎や広重といった偉大な先人たちへの深い畏敬の念、名作「ウェーブ」シリーズや富士山の連作に込められた「現代の躍動感」、そして今回の展示で見られる油彩作品との響き合いについて、その創作スタイルの核心に迫ります。その一枚に宿る圧倒的な力強さと、伝統木版画の概念を鮮やかに更新する河内成幸。の作品世界を、ぜひ会場でご覧ください。

Seiko Kawachi《Song of the Space - Board (宇宙の詩 - Board)》(2001)
oil on wooden panel 162×121 cm
© Seiko Kawachi, Courtesy of The Tolman Collection
Seiko Kawachi《Song of the Space - Board (宇宙の詩 - Board)》(2001) oil on wooden panel 162×121 cm © Seiko Kawachi, Courtesy of The Tolman Collection

木版画という伝統的な技法を使いながら、非常に現代的でエネルギーに満ちた表現をされていますが、まだ、河内さんの作品を見た事がない人に向けて、ご自身の制作スタイルをどのように伝えますか?

17歳の頃、将来は絵を描いていくのだと思い巡らしていた頃から、「自分とは何か?」という問いは、私にとって試行錯誤の連続でした。1948年生まれの団塊の世代として、自分が生きてきた時代の熱量や、自分自身の内面を、どのように表現すべきかを考え続けてきました。

専攻した伝統木版画は、日本の風土から生まれた、最も優れた技法のひとつだと思っています。木という素材は日本人の感覚にも合っており、浮世絵に代表されるように、日本の芸術の原点にも深くつながっています。版画は、目の前の世界や自分の内面を鏡のように映し、写し取る表現でもあります。表裏左右を反転させ、世界を逆さまに考えながら彫り、刷ることで、普段は見えないものや、異質な感覚が立ち上がってくる。そこに、版画ならではの面白さがあります。

私は、団塊の世代としての感覚、自分が体験してきた宇宙観、そして今この瞬間に現存する空間を切り取りながら、水性木版画の技法によって制作しています。大胆でありながら繊細で、静かでありながら激しい、そうした多層的な表現を通して、自分なりの宇宙や生命の感覚を探り続けています。

Seiko Kawachi《Fly Fuji II - 翔べ不二 II》(2018)Edition: 18 woodblock, hand-colored on Japanese paper 94 x 162 cm © Seiko Kawachi, Courtesy of The Tolman Collection

代表作の「ウェーブ」シリーズや富士山の連作では、北斎や広重といった偉大な先人達のモチーフが再解釈されています。こうした日本の伝統美を「現代の躍動感」へと昇華させる際、最も大切にされている事は何ですか?

それは何と言っても、先人達への尊敬と敬意の念です。北斎や広重は、日本の風景を見事に抽象化し、あの時代においてすでに、非常に簡略化された構図を表現していました。そこには、日本の美の原点であると同時に、現代にも通じる普遍的な感覚があると思っています。

私にとって大切なのは、単に先人の形をなぞることではありません。北斎や広重が実際の風景をそのまま写生したというより、そこから生まれる人間の想像力、心象風景、伝説や神話までを含めて表現していたように、私もまた、見たままの姿ではなく、自分の中で一度受け止め、現代の感覚として立ち上がってくるものを表現したいのです。

富士山の連作についても同じです。最初は俗っぽいモチーフだと感じていましたが、真剣に向き合ううちに、日本人とは何か、日本文化とは何かを考えさせられました。富士山には、日本の心象風景の原点、日本文化の源のような大きな力があります。その力を、北斎や広重への敬意を持ちながら、現代の躍動感として自分の版画の中に昇華させていきたいと考えています。

今回の展示では「宇宙の詩(ひろがりのうた)」のような油彩作品も並びます。木版画の「彫り、刷り」という行程を経て生まれる表現と油彩での表現は、先生の中でどの様に響き合っているのでしょうか?

私の作品では、「宇宙」と書いて「ひろがり」と呼んでもらっています。私にとって宇宙とは、単に遠い空間のことではなく、人の生死や自然、時間、そして自分自身の存在までを含む大きなテーマです。版画を始めた頃から、そうした宇宙的なものは常に制作のモチーフとしてありました。

木版の作業の中で、「彫り」や「刷り」は、たくさんの工程を経る、とても楽しい時間です。版画は表裏左右を反転させながら、世界を鏡のように写し取る表現でもあります。その工程の中で考え、手を動かしていると、思いがけない真新しいイメージが生まれてきます。私はそれを記憶し、デッサンや油彩などの制作表現として残していきます。

そして、油彩やデッサンの中で生まれたイメージが、また次の版画へとつながっていくこともあります。版画、油彩、デッサンは別々のものというより、それぞれの制作の中で生まれたイメージをさらに連続させ、新しい作品へと変換していくための過程です。彫り、刷り、描くという異なる行為が互いに響き合いながら、私の中の「ひろがり」を少しずつ深めているのだと思います。

画面から溢れ出すようなリズムや彩が印象的ですが、制作において最もインスピレーションを受けるのはどんな瞬間、或いはどの様な対象からでしょうか?

まず、自然界や宇宙観から刺激を受けることが多いと思います。宇宙の中での地球、地球上での自分の存在を考えることは、私にとって大きな制作の源になっています。若い頃に映画『2001年宇宙の旅』を観て、人間の想像力の大きさに驚き、それ以来、宇宙的なものを表現したいという思いを持つようになりました。

また、美術だけでなく、建築や数学にも強く惹かれてきました。数学者が数式で宇宙の形を追求するように、私は版画によって、自分なりの宇宙の形を追求し表現したいと思っています。美しいものの基本は、芸術でも科学でも宗教でもどこかでつながっていて、自然や宇宙に通じるものがあるのではないでしょうか。

同時に、人間が人間に伝えたいと思う感動の言葉や想い、そして先人達が遺してきた数多くの優れた芸術表現からも大きな刺激を受けます。北斎のように、死ぬ間際まで現役を貫き、理想を追求し続ける情熱にも強く励まされます。自然、宇宙、人間の感情、そして先人達の表現。そのすべてが、私の作品のリズムや彩につながっているのだと思います。

Seiko Kawachi《Song of the Space - Box(宇宙の詩 ‒ Box ひろがりのうた)》(2001)
oil on wooden panel 145.5 x 112 cm
© Seiko Kawachi, Courtesy of The Tolman Collection
Seiko Kawachi《Song of the Space - Box(宇宙の詩 ‒ Box ひろがりのうた)》(2001) oil on wooden panel 145.5 x 112 cm © Seiko Kawachi, Courtesy of The Tolman Collection

Tokyo Gendaiという国際的なアートフェアの場で、日本、そして世界から来る観客に対して、どの様な期待やメッセージを持っていますか?

これらの質問に答えながら思うことは、「何故、私が作品を発表し、展示するのか?」ということです。きっと私は、自分の表現を通じて、皆さんが「アート」に対して共通の価値観を持つ喜びを感じ、その先にある、人間文化を楽しむことの幸せ感に感謝できるような空間にしたいのだと思います。

私は、作品は知名度が高いから良い、高価だから良いというものではないと思っています。もっと直感で作品を見てほしいのです。文化があって、そこに人と人とのつながりがあり、その上に経済や社会が成り立っていく。だからこそ、国際的な場であるTokyo Gendaiでは、作品を通して、文化が人間にとってどれほど大切なものかを感じていただけたら嬉しいです。

浮世絵や木版画は、日本の芸術の原点でありながら、世界全体から見ても大きな文化的価値を持っています。私はその伝統をただ守るのではなく、現代の感覚や自分自身の宇宙観を重ねながら、今の時代の表現として提示したいと思っています。日本から来る方にも、海外から来る方にも、作品を通じて、人間の想像力や文化の豊かさ、そしてアートを共有する喜びを感じてもらえたらと思います。

ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。

河内成幸。が切り拓く、新たな木版画の宇宙を、会場で。

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

ブース:
The Tolman Collection

チケット購入先:

河内成幸。(1948年山梨県生まれ)は、現代日本木版画を代表する作家の一人。多摩美術大学油画科に入学し、大学在学中の1970年、第38回日本版画協会展において新人賞を受賞。1985年には文化庁芸術家在外研修員としてニューヨークのコロンビア大学大学院に1年間留学し、浮世絵を日本美術の原点として再認識した。北斎や江戸文化への敬意を礎に、版画を「世界を写し取る」表現と捉え、木版の凸版に凹版を組み合わせた独自の木版凹凸摺りによって、波、富士、宇宙、生命の躍動を鮮烈な色彩と自由な線で表現する。伝統木版の精神を受け継ぎながら、現代的なスピード感と多層的な空間性を切り拓く作家である。2011年紫綬褒章受章。作品は大英博物館、クリーブランド美術館、東京国立近代美術館などに収蔵されている。

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