言葉になる前の感覚を、土とともに。 安井ちさとがかたちにする「実感」

Wednesday 12 August, 2026

言葉になる前の感覚は、どのようにかたちを持つのだろうか。

安井ちさとの作品は、陶という素材を用いながら、器と彫刻、そのどちらにも収まりきらない独自の存在感をたたえている。うねるように積み重ねられたかたちは、内に空洞を抱えながら、見る者に静かな気配を投げかける。

加速する社会のなかで、私たちはつい、あらゆるものを理解し、言葉にしようとしてしまう。けれど安井の作品は、その手前にある「あわい」へと私たちを誘う。Tokyo Gendaiを前に、土とともに「実感」をかたちにし続ける、その創作の源泉について話を聞いた。

Chisato Yasui《Profile 18》(2024)
Earthenware, Porcelain , Under glaze, Glaze, Acrylic
Chisato Yasui《Profile 18》(2024) Earthenware, Porcelain , Under glaze, Glaze, Acrylic

安井さんの作品を初めて目にする読者に向けて、ご自身の制作活動について教えてください。特に、土という素材を用いて、器の概念を超えた「立体的な造形」へと向かわせるものは何でしょうか?

制作について、どこから話すと鑑賞者のみなさんが私の作品と対話しやすくなるかなと考えたのですが。ここでは、陶芸とわたしの関係性を話してみたいと思います。

まず、前提として。
「なんだろう」「わかんないな」という事とじっくり向き合って、自分という存在や、この世界を存分に味わいたいと思いながら私は生きています。
それをシンプルなかたちで叶えてくれるのが、陶芸です。

わたしの場合、陶芸の制作のはじまりには、はっきりとした完成イメージを持ちません。わたしが居る。素材が在る。ただそれだけで十分有意義な対話(制作)が始まります。

イメージをもってものごとに向かうとか、答えやゴールがわかっていてそこに向かう方が安心かもしれません…。でも、「どうなるかわからない」中でのほうが、わたし自身の生きた感覚が動き、そこに自分だからこそ持てる実感も生まれる。それがそのままわたしの生きている実感にもなる。わたしはそう感じています。

実生活ではそんな冒険はなかなか難しいのですけれども、これも陶芸という場でなら自然と出来ることです。
「なんだろうなあ」と思っているまま、素直に感覚が働いて手が動いて、素材との間にかたちが立ち上がって、作品になっている。

立体的な造形に向かわせるのは何だろうというのも考えてみたのですけれども。 その対話の帰結するところに現れるのが作品なので。対話の流れの中で、“偶々”立体的な造形になっ(てしまっ)た、ということなのだろうと、思います。それ以上の意味は、観た人の中にさまざまなかたちで浮かぶかもしれないので。作品がもっている意味の多面性、多次元性を保持しておくためにもあまり説明しないでおきたい、というのが正直なところです。

Chisato Yasui《Theobroma – (like) a King》(2025)
Earthenware, Underglaze, Glaze, Copper powder, 
Bronze powder,Urushi, Acrylic
Chisato Yasui《Theobroma – (like) a King》(2025) Earthenware, Underglaze, Glaze, Copper powder, Bronze powder,Urushi, Acrylic

作品において、内と外が触れ合う「あわい(間)」を大切にされていますね。彫刻的な造形の中に、釉薬や絵付けによって「絵画的な空間」をひらくプロセスでは、どのような感覚を大切にされていますか?

答えるのが難しいのですが、ほとんど直感に近い感覚です。私は成形の段階でも下図やプランをつくらず、目の前のかたちや素材に自分を開くようにしています。

色についても、「考えて施す」というより、「感じてから施す」という感覚です。成形している時には、ほとんど色のことは考えていません。素焼きを終え、その肌に触れたときにはじめて、色が作品の内側――土の厚みや、その向こうにある空洞からやってくるように感じるんです。

だから私にとって、色を持っているのは自分ではなく、むしろ土や作品のほうです。窯から出てきた作品を見て、「何か違うな」と思うこともありますが、それを失敗とは考えません。その色を一度作品がまとう必要があったのだと受け止め、もう一度作品から距離を取り、次に向かうべき色が見えてくるのを待ちます。

成形には即興性がありますが、色に対してはとても慎重です。土とは親しい距離で対話している感覚がありますが、色に対しては少し距離を置きながら向き合っている。色が現れてくれることには、どこか畏怖にも近い感情を抱いています。

制作において、最もインスピレーションを受けるのはどんな瞬間ですか?土との対話の中で、形が「立ち上がってくる」と感じる具体的なエピソードがあれば教えてください。

私の作品づくりは、いつも「始まり」に最も大きなインスピレーションがあります。

作品は上や下からではなく、いつも形の真ん中あたりから始まります。私はまず、ひも状の粘土で小さな輪をつくり、その「中腹」からどこへ向かうのかを探り始めます。完成形をあらかじめ決めているわけではありません。

むしろ、「何かが始まりそうだ」「何が起こるかわからないから進んでみたい」という感覚をとても大切にしています。

私にとって制作とは、「発見」の連続です。もし最初から完成形が見えてしまうと、自分の知っているところへ向かってしまう。そうなると、まったく面白くありません。私は、自分がすでに知っていることにはあまり興味がないのです。

だからこそ、制作の始まりには、まだ見ぬ何かへ向かって開かれた「窓」のような状態が必要です。その小さな入口から、一つひとつの発見を重ねるなかで、少しずつ形が姿を現してくる。

私にとって、土との対話の始め方そのものが、作品の形が立ち上がる瞬間なのだと思います。

Chisato Yasui《A Portal》(2024)
Earthenware, Underglaze, Glaze
Photo by Tatsumi Okaguchi
Chisato Yasui《A Portal》(2024) Earthenware, Underglaze, Glaze Photo by Tatsumi Okaguchi

今回のTokyo Gendaiでは「あえて距離をつくることの意味」がひとつのテーマになっています。加速し続ける現代社会や東京という都市において、安井さんの作品を鑑賞する方々にどのような「間」や「呼吸」を感じてほしいと考えていますか?

作品に自分を寄せようとしたり、「理解しなければ、共感しなければ」と思ったりしなくていいと思っています。

作品を見て、ふと「あ!」と感じる瞬間があるかもしれません。でも、その感覚をすぐに言葉にしたり、誰かと共有したりする必要はありません。むしろ、その「あ!」を自分のなかでゆっくり味わってほしいのです。

「わからないな」と感じたら、その「わからなさ」をそのまま眺めてみるのも楽しいと思います。心のなかにぽっかりと空いた場所を感じるというか、「まだ自分のなかには余白があるんだな」と気づける瞬間でもあるので。

私は制作においても、生きるうえでも、言葉になる前の感覚をとても大切にしています。言葉はいつかやってくるものかもしれません。でも、その前にある感覚こそが、とても大事なのではないでしょうか。

だから、私の作品の前では、「わかる」ことから少し距離を置いて、自分自身が何を感じているのかに耳を澄ませてもらえたら嬉しいです。

日本のアートシーンや、今回のフェアに集まる国内外の観客に対して、今どのような期待や思いを持っていますか?

いつも、「何が起こるのだろう」という気持ちでワクワクしています。それが私にとっての期待なのかもしれません。

そして、つくる側も、見せる側も、観る側も、少しずつ自分をひらいていけたら素敵だなと思っています。

もちろん、美術史やアートの知識も大切ですが、それ以上に、自分の身体を通して感じることを大切にしたい。私にとってアートは、日常と切り離された特別なものではなく、日常と地続きのものだからです。

私は、アートには「いつもの常識」や「こうあるべき」を少し手放せる場所という役割があると思っています。たとえば温泉のようなものです。温泉に浸かって「ふう」と力が抜けるように、アートの前でも安心して自分を解放していい。

そして、その感覚を持ったまま、また日常へ戻っていく。すると、見慣れた景色や人との関係のなかに、ほんの少し隙間や距離が生まれることがあります。

最初はそれが違和感として感じられるかもしれません。でも、その違和感をゆっくり味わってみる。そのなかから、自分なりの新しい距離感や見方が生まれてくるのではないでしょうか。

私は、そうした「遊び」をつくることが、今の社会には必要だと思っています。そして、それを提案できるのがアートの力なのではないかと感じています。

ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。

言葉になる前の感覚へ。——安井ちさとの作品を会場で。

会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木) 

会場:
パシフィコ横浜

ブース:
Gallery Common

チケット購入先:

安井ちさと。愛知県名古屋市出身、1984年生まれ。筑波大学芸術専攻構成領域(陶磁)卒業、大学院も同大学、博士前期課程芸術専攻デザイン領域を修了。大学院在学中に長女を出産。その後長男、次女を出産。3人の子供たちの存在は制作にも大きく影響している。現在は茨城を拠点に、作家活動を続けている。2015年より作家活動が本格化、2018年からは海外にも進出、国内外で活動。主な展示に、【個展】2025年「Whereabouts – かたちの途中の。」 CALM&PUNK、2025年「Quest[ion]」DIGINNER GALLERY【海外アートフェア等】 2026年「PAD PARIS2026」、2025年「COLLECT ART FAIR」、2023年「What cannot be said」Duo show (AIFA)。2024年に第16回アヴェイロ国際陶磁器展で審査員特別賞、2023年第30回グロッターリエ国際陶磁器展で審査員特別賞を受賞。

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