カメルーン出身で、現在はパリとバンジュン(カメルーン)を拠点に活動する Barthélémy Toguo(バルトロメイ・トグオ) は、絵画、彫刻、版画、パフォーマンス、インスタレーションなど多彩なメディアを横断しながら、移動や境界、人間の尊厳、社会や自然との関係を問い続けてきた。ヴェネツィア・ビエンナーレをはじめ世界各地の国際展で作品を発表し、2021年にはユネスコ平和芸術家(UNESCO Artist for Peace)にも任命されるなど、現代アートを代表するアーティストの一人として国際的な評価を得ている。また、故郷バンジュンに設立した文化拠点「Bandjoun Station」では、アーティスト・イン・レジデンスや農業を通じて、地域社会と芸術を結びつける実践にも取り組んでいる。
Tokyo Gendaiでは、その壮大な実践の一端に触れることができる。身体や植物、象徴的なモチーフが織りなす作品は、鑑賞者それぞれの記憶や経験と静かに響き合い、新たな対話を生み出してくれるだろう。本インタビューでは、世界を舞台に活動を続ける Toguo の創作の根底にある思考と、芸術に託すまなざしについて話を聞いた。
初めてあなたの作品に触れる方のために、ご自身の制作活動と作品の本質についてご紹介いただけますか。
私の作品は、私がカメルーンを離れた日に始まったと言えるかもしれません。私の身体は国境を越えましたが、私はすぐに、単に「旅をする」という行為が誰にとっても同じ意味を持つわけではないことに気づきました。空港の長い列、疑いのまなざし、屈辱的な入国審査――そうした経験を通して、私は自分のパスポート、肌の色、そして出身そのものが、私が何かを語る前からすでに私についての物語を作り上げていることを知ったのです。私の芸術実践は、この身体的かつ心理的な「国境の経験」に根ざしています。
私が絵を描き、版画を制作し、スーツケースや入国スタンプ、さらにはパスポートそのものを用いたインスタレーションを制作するとき、私は抽象的な概念について語っているのではありません。私は、アフリカとヨーロッパの間、グローバル・サウスとグローバル・ノースの間を移動する一人の黒人として、自らが生きてきた経験について語っているのです。私の作品に現れる断片化された身体、歪んだ顔、そして待ち続ける人物たちは、時間をかけて自分の内に取り込まれた記憶でありながら、今なお極めて個人的な経験の変容した姿なのです。
同時に、私は昔から「ものを作ること」と非常に直接的な関係を持ってきました。子どもの頃から、私はいつも絵を描き、物を形作り、何かを作り続けていました。その後、絵画、水彩、陶芸、そしてパフォーマンスが、言葉だけでは表現できないものを伝えるための言語となっていきました。私は素材に触れることを必要としています。紙が水を吸い込む感覚、指先の下で感じる粘土の抵抗、窯の熱――そうした素材とのほとんど身体的ともいえる関係性を通じて、私自身の歴史は形を得ていくのです。
最終的に、私の作品は断片的な自伝なのです。それは私の旅路、葛藤、そして私が抱く愛着について語りながら、それらを他者の経験へと開いていくものでもあります。私は、自分自身の経験を、誰もがそれぞれの記憶、それぞれの国境、そしてそれぞれの希望を投影できる共有されたイメージへと変えていこうとしているのです。
あなたはカメルーンに、農業と芸術制作を組み合わせたプロジェクトを展開するアートセンター「Bandjoun Station」を設立されました。こうした社会的・コミュニティベースの取り組みは、ご自身の芸術実践にどのような影響を与えていますか。
Bandjoun Stationは、非常に個人的な思いから生まれました。ヨーロッパで展覧会を開き、各地を旅し、大きな美術機関と仕事をするようになった頃、私は深い断絶の感覚を抱いていました。私は、現代美術に触れ、学び、アイデアや批評的な議論に参加できる場所がほとんど存在しない村、そして国から来ています。それが突然、私は美術館や財団、プライベート・コレクションに囲まれた環境に身を置くことになったのです。そこで私は自問しました。「私は、自分が生まれ育った場所に何を返すことができるのだろうか」と。
Bandjoun Stationをつくったのは、その問いに対する私なりの答えでした。私は、かつての私のような若者――ムバルマヨやバンジュンに暮らす若者たちが、いつの日か、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ大陸の同時代のアーティストたちの作品に出会える場所へ足を運び、「これは自分に関わることだ。私もまた世界に向かって語ることができるのだ」と感じられるようになってほしかったのです。その動機は極めて個人的なものです。それは、私自身の歩みのなかで欠けていたと感じていたものに応えようとする行為でもあります。
農業については、さらに親密な意味を持っています。私は、土地が物語や食、そして日々の所作のなかに常に存在している文化の中で育ちました。バンジュンに戻り、種をまき、収穫し、農家の人々と交流しながら土地と向き合うことは、私の子ども時代の一部と再びつながることでもあります。それは私を落ち着かせ、自分自身の足元を確かなものにしてくれます。そして、その後にアトリエへ戻るとき、私はもはや芸術に関する理論的な議論だけを抱えているのではありません。そこには、土の匂い、畑に降る雨の音、そして土地を耕してきた人々の身体の疲労感もまた、私のなかに宿っているのです。
こうしたすべてが私の芸術実践を豊かにしています。なぜなら、それは芸術が決して現実の生活から切り離されてはならないということを、私に思い出させてくれるからです。Bandjoun Stationは単なる背景ではありません。それは、私自身の人生と、地域のコミュニティ、そして私たちが迎え入れるアーティストたちの人生が、日々交差する生きた場所なのです。
私の作品には、こうして積み重ねられた幾層もの経験が刻み込まれています。それらは、西洋世界の大都市から生まれるのと同じくらい、私の故郷の畑や丘、市場からも生まれているのです。
身体の断片、植物、境界線といったモチーフが、あなたの作品には頻繁に登場します。space Unのキュラトリアルテーマである「地図のような旅(A Map-like Journey)」という文脈において、あなたは「地図」という概念をどのように定義しますか。また、単なる地理的な境界を超えて、地図は人間のアイデンティティや魂の動きを明らかにする手段として、どのような役割を果たすとお考えですか。
私が「地図」というものを考えるとき、まず思い浮かぶのは、人生を通じて向き合ってきた地図です。ビザ申請書、空港の案内図、そして人を特定し、分類し、通過を許可したり拒否したりする行政文書――そうしたものです。それらは非常に冷たい地図ですが、私の人生を具体的なかたちで形づくってきました。おそらくそれゆえに、私の作品には線や境界、断片化された身体が繰り返し現れるのでしょう。それらは、外部から課された分断の痕跡なのです。
しかし同時に、私はもっと古い別の地図を自分の内に抱えています。私の村の地図、子どもの頃に水を汲みに行くために歩いた小道、目印となっていた木々、そして祖先たちが眠る場所――そうした地図です。それらは紙の上に描かれたものではありません。身体と記憶のなかに刻み込まれた地図なのです。私が植物が人の姿を覆っていくようなイメージや、根のように見える血管を描くとき、実は私はこうした親密な地理を描いているのです。
「A Map-like Journey」というテーマの文脈において言えば、地図とは何よりもまず、一枚のイメージである以前に「生きられた経験」なのだと思います。あらゆる傷跡、あらゆる出会い、あらゆる亡命や移動の経験が、私たちの内なる風景に刻まれた一本の線となっていくのです。私の作品は、こうした目には見えない地図を可視化しようとする試みであることが多いのです。海を渡ってきた移民の地図、国境で足止めされたアフリカ人留学生の地図、破壊の危機にさらされた写本の地図、あるいは初めて本と出会った子どもの地図――そうしたものです。
私は国や大陸を忠実に描こうとしているのではありません。私が形にしようとしているのは、内面的な旅路なのです。もし私の作品が、私たちのアイデンティティが固定された出自によってではなく、移動や断絶、そして再生によって形づくられているのだということを理解する助けになるなら、そのとき地図は、国家の境界を示すためだけのものではなく、魂の動きを読み解くための道具となるのです。
創作のプロセスの中で、最もインスピレーションを感じる瞬間はどんなときですか?
私にとって最も強烈な瞬間は、世界の喧騒が静まり返った深夜、ひとりでアトリエにいるときに訪れることが多いです。そこでは、ある種の変化が起こります。難民の受け入れ施設で出会った人の顔、農家の方との会話、テレビで目にした移民たちの姿――最初はとても具体的なものについて考えているのですが、突然、それが単なる痛ましい記憶を超えた、別のかたちになる必要があると感じるのです。
もうひとつ、より身体的な瞬間もあります。大きなドローイングや水彩画に取りかかり、最初の線を引いたとき、あるいは水が紙の上を自分のコントロールを超えて広がっていくときです。それは、とても本能的な感覚です。ときには、手の動きの中に、過去の感情や、まだ十分に向き合えていなかった傷を見つけることがあります。その瞬間、インスピレーションは決して心地よいものではありません。自分自身――恐れや怒り、そして脆さ――と向き合うことを迫られるのです。
陶芸では、その強烈さがさらに増します。巨大な作品を窯に入れ、それがどのように反応するのか正確には分からないまま待ち、そして窯を開ける……それは真実の瞬間です。失敗する可能性も、壊れてしまう可能性も、予想もしなかった結果になる可能性も、常にあります。それは、国境の向こうに何が待っているのか分からない移民の人生を、私に強く思い起こさせます。
おそらく、私が創作を続けている理由は、未知なるものが素材を通して現れ、私にこう囁きかけてくる瞬間を、今も探し続けているからなのでしょう。
「ほら――あなたは生きている。」
Tokyo Gendai 2026では、space Unのブースにて、アフリカ大陸を横断する「A Map-like Journey(地図のような旅)」をテーマにした展覧会が開催されます。このキュレーションの枠組みの中で、日本の観客にどのような視点や対話を作品から感じ取ってほしいと考えていますか?
私が育った場所では、アジア、そして特に日本は、かつてとても遠い、どこか神話的な場所のように感じられていました。私が初めて中国で制作を始め、陶芸窯やアーティストの工房で時間を過ごしたとき、とても大きな変化を経験しました。それまでの人生の多くを形づくっていたアフリカとヨーロッパという軸だけに閉じていた私の世界が、そこから開かれていったのです。異なる伝統、素材や時間、そして「ものをつくる」という行為を理解するための、異なる方法へと世界が広がっていきました。
「A Map-like Journey」という枠組みの中で日本に作品を発表することは、その広がりの延長線上にあります。傷ついた身体、国境、スーツケースなど、ときに不穏さを感じさせるイメージの背後には、出発や帰還、失望、そして驚きに満ちた瞬間によって形づくられた、ひとりの人間の歴史、人生があります。そのことを日本の観客にも感じ取ってほしいと思っています。これらは遠い場所で起きている問題ではありません。実際に生きられた経験であり、私自身の人生もその物語の一部なのです。
何よりも、私は「異国情緒」ではなく、共感や親近感を生み出したいと思っています。
日本に滞在していたとき、私は「神(kami)」という存在に深く関心を持つようになりました。水、火、森、山に宿る精霊たちです。カメルーンにも、それに似た精神的な存在があります。私たちはそれらを、Jengu(ジェング)、Nying(ニン)、Mongo ma Loba(モンゴ・マ・ロバ)と呼びます。名前は違っていても、その役割は同じです。自然には生命が宿っている。自然とは、支配しようとするものではなく、対話し、折り合いをつけながら共に生きるものなのです。
日本の人々は、すでにこの関係性を理解していると思います。日本列島の地下には、巨大なナマズ「鯰(Namazu)」がいるとされ、地面が揺れると、それは何かのメッセージとして受け止められます。私の故郷では、カメルーン山が轟くとき、それはMongo ma Lobaが語りかけているのです。祖先が怒りを表しているのだと考えます。
二つの文化に共通するひとつの理解があります。大地は物ではない。大地は生きている。
Tokyo Gendaiでは、Suijin(水神)とJenguを並べ、Kodama(木霊)とNyingを、そしてŌyamatsumi(大山津見)とMongo ma Lobaを並べてみたいと思っています。日本の観客がJenguを見て、「この川を知っている。隅田川だ」と感じてくれたら、私はとても嬉しいです。
私たちが共有する地平は、とてもシンプルです。気候危機に直面する今、木や水、火と「話す」ことをまだ知っている人々こそが、私たちに前へ進む道を見つける手助けをしてくれるのかもしれません。
アニミズムは、単に私たちの過去なのではありません。未来へ進むための羅針盤にもなり得るのです。
私はこの問いについて、もっと具体的な経験からも考えています。フランス国立図書館(Bibliothèque nationale de France)で展覧会「The World as Horizon」を構想したとき、すでに私は地図という概念を軸に考えていました。異なる世界、歴史、記憶をひとつの対話の場へと持ち込むことです。
私のインスタレーション《A Book is My Hope》は、マリのトンブクトゥ写本がジハード主義者によって破壊される危機にさらされた悲劇を想起させる一方で、フランス国立図書館をはじめとする、それらの写本を守ろうとする取り組みも称えるものでした。
同時に、カメルーンのビロング(Bilongue)の人々の記憶を作品に含めることも、私にとって重要でした。そうすることで、この「地図」がひとつの象徴的な場所だけに結びつくのではなく、アフリカに存在する複数の歴史、声、傷、そして抵抗の営みをつなぐものになるからです。
同じ精神において、私の《Head Above Water》シリーズは、私の制作活動において非常に重要な位置を占めています。《Head Above Water – Rwanda》(2011)のような作品では、北から南へ、アフリカ大陸の感情的な地図を描こうとしています。それは、紛争や亡命、暴力の爪痕とともに生きるコミュニティとの出会いを通して描かれるものです。
このプロジェクトは、深く共同的なものです。出会った人々から託された絵葉書や言葉、シンボルを用いて制作します。そうした断片を作品そのものの中へと組み込んでいくのです。
それらは単なる「アフリカのイメージ」ではありません。人々の声であり、個人的な物語であり、記憶です。それらが集まることで、アフリカ大陸の繊細なアトラス、ひとつの感覚的な地図が形づくられていきます。
Tokyo Gendaiの「A Map-like Journey」という文脈において、私は日本の観客にも、ひとつひとつの作品が、誰かとの出会い、交流、そしてその人の人生の断片から始まっていることを感じてほしいと思っています。
《A Book is My Hope》であれ、マリやビロングの人々の歴史であれ、《Head Above Water》シリーズであれ、その意図は変わりません。私が描こうとしている地図の線は、政治的な国境ではなく、人間が歩んできた軌跡なのです。
訪れる人々には、旅をしてほしいと思っています。それは空間を越える旅だけではなく、記憶をめぐる旅でもあります。
アフリカは、ひとつの均質な存在ではありません。そこには、さまざまな民族、言語、歴史、傷、そして希望が織りなすひとつの星座があります。
そしておそらく、救い出された写本、取り戻された声、積み重ねられた絵葉書、そして共有された記憶からつくられたこれらの地図が、日本の人々の内側にある地図とも響き合うのではないでしょうか。
それぞれの記憶や脆さ、そして異なる世界との対話を求める思い。そうしたものと、私の描く地図がつながってくれたらと思っています。
日本のアートシーンについて、どのような印象をお持ちですか。また、日本の観客に対してどのような期待を寄せていますか。
私の日本のアートシーンに対する理解は、出会いや展覧会、読書、そして対話を通じて、少しずつ育まれてきました。そのなかで私が最も心を動かされるのは、日本の芸術が、驚くほど精緻な所作や技術と、偶然や時間、そして無常に対する深い開放性を見事に結びつけていることです。書道や陶芸、そして多くの現代インスタレーションのなかに、私は自分自身の作品でも追い求めているある緊張感を見出します。それは、形を与えながらも、その形を超えたものに向かって開かれた状態のままにしておく力です。
また、日本がその困難な歴史――広島、自然災害、そしてこの国が経験してきた深い変容――とともに生きているあり方にも、私は深く心を打たれています。多くの点で、それはアフリカ人である私自身の感覚とも共鳴します。私たちもまた、暴力、断絶、植民地支配、そして戦争の記憶を抱えて生きています。結局のところ、問いは同じなのです。私たちはその記憶とどのように向き合うのか。それを抑圧するのか、変わらぬまま保存するのか、それとも創造の力へと変えていくのか。
日本の観客に対しては、「期待」というよりも、私が日本の人々に対して抱くイメージ――繊細さ、慎み深さ、敬意、そして静かな好奇心――をもって作品に向き合っていただけたらと願っています。私の作品は、すべてを説明しようとはしません。そこにあるのは、物語の断片であり、象徴であり、変容し続ける身体です。鑑賞者一人ひとりが、その世界にじっくりと身を置き、自らの人生や歴史、そして自分の国と結びつけながら作品を受け止めてくださることを願っています。
もし日本の観客が、遠い場所からやってきたイメージによって穏やかに心を揺さぶられながら、そのなかに自らの歴史の響きを見出そうとしてくださるなら、そこには私たち双方にとって、非常に個人的で深い出来事が生まれるでしょう。
それこそが、今の私が芸術に求めていることです。誰かを説得することではなく、芸術を通じて親密な出会いを生み出すこと。一つの人生から別の人生へ、一つの大陸から別の大陸へとつながっていく、そのような出会いなのです。
ありがとうございました。9月のTokyo Gendaiでの展示を楽しみにしています。
ひとつの人生が、もうひとつの人生とつながる。バルテレミー・トグオの作品を、会場で。
会期:
2026年9月11日 (金)〜13日 (日) *ヴェルニサージュは9月10日 (木)
会場:
パシフィコ横浜
ブース:
space Un
チケット購入先:
バルテレミー・トグオ(1967年生まれ)は、コートジボワール・アビジャンの国立美術学校で学んだ後、フランスのグルノーブル美術学校、さらにドイツのデュッセルドルフ美術アカデミーで研鑽を積みました。
現在はパリとカメルーン・バンジュンを拠点に活動しています。2013年にはバンジュンに、現代美術センター兼アーティスト・イン・レジデンス施設「Bandjoun Station(バンジュン・ステーション)」を設立しました。
これまでに、ダカール、ハバナ、シドニー、リヨン、ヴェネツィア、釜山など、世界各地の主要な国際ビエンナーレに参加。また、パリのパレ・ド・トーキョー、ニューヨークのドローイング・センター、ケルンのルートヴィヒ美術館、ルーヴル美術館、バルセロナのピカソ美術館など、数多くの美術館・文化機関で展覧会を開催してきました。
作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ポンピドゥー・センター、ロンドンのテート・モダン、フォンダシオン・ルイ・ヴィトン、ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ(PAMM)をはじめとする世界有数の美術館やコレクションに収蔵されています。
現在は、Galerie Lelong & Co.(パリ/ニューヨーク)、Galerie Michaël Stevenson(ヨハネスブルク/ケープタウン)に所属し、日本ではspace Un(東京)と協働しています。





